4 次 VCF CEM3320/V3320 (13) --- 4 次 HPF (2)

 今回はデータシートに掲載されている「正しくない」フィードバック経路を持つ 4 次 HPF 回路の周波数特性を求めます。


 まず左の図のように、ゲインセル 1 段に RC 経由で入力端子に「信号 1」を加え、コンデンサの一端に「信号 2」を加える場合を考えます。 これはリニア回路なので、「重ね合わせの理」が成立します。
 ゲインセルを 2 回路用意し、

  • ひとつのゲインセルには信号 2 の経路だけを活かし、信号 1 側の経路の寄与がゼロになるように設定
  • もうひとつのゲインセルでは信号 1 の経路だけを活かし、信号 2 側の経路の寄与をゼロになるように設定
  • 出力側で両方のゲインセル出力を合成

するように書き換えると下の図のようになります。

 上側のゲインセルでは、信号 1 と 91 kΩ の抵抗 RC とを取り除いてコンデンサの一端から入力される信号 2 のみを活かします。 信号 2 に対しては 1 次 HPF として作用します。
 下側のゲインセルでは、信号 2 を取り除いてコンデンサの一端はグラウンドに落とし、信号 1 の経路のみを残します。 信号 1 に対しては 1 次 LPF として作用します。
 CEM3320 / V3320 に内蔵されているフィードバック量コントロールのためのゲインセルの出力は、上の図の「信号 1」に相当する経路でステージ 1 の「IN」端子に入力されていると思われます。 (正確には RC は存在せずフィードバック・ゲインセルの電流出力が接続されていると思われる。)
 信号に注目したブロック・ダイアグラムを下に示します。 「正しい」構成の 4 次 HPF に比べて、ステージ 2 から 4 までは変わらずに、ステージ 1 の構成のみ変化しています。

 入力信号は 1 次 HPF 4 段を通り抜けて出力されるのは変化していませんが、フィードバックループ内に 1 次 LPF のステージが挿入され、フィードバック信号が加算されるポイントがステージ 2 の入力側に移動しています。
 ゲインセル 1 段で実現した 1 次 HPF の伝達関数を、正規化角周波数 (normalized angular frequency) を使って表現した場合、カットオフ角周波数は「1 [rad/s]」ですから、

\qquad\qquad \displaystyle\frac{s}{s + 1}

となります。 HPF 構成ではゲインセル出力は非反転なのでマイナス符号は付きません。
 これをステージ 2 から 4 まで縦続接続した場合のトータルの伝達関数を「G(s)」とすると、G(s) は

\qquad\qquad\displaystyle G(s) = \frac{s^3}{(s + 1)^3}

となります。
 また、H(s) を入力信号側の 1 次 HPF を除いた残りのループの伝達関数とし、フィードバック部のゲイン定数 (の絶対値) を「A」とします。 今回はフィードバック信号のパスに 1 次 LPF が含まれるために、その寄与も含めて単なる定数ではなく、伝達関数 A(s) を

\qquad\displaystyle A(s) = (-A) \cdot \left(-\frac{1}{s+1} \right) = \frac{A}{s+1}

と定義します。 フィードバック・ゲインセルの極性のマイナスと、1 次 LPF のマイナスが打ち消し合って、実質「正帰還」になっています。
 フィードバック部を含むループ部分の伝達関数「H(s)」は、

\qquad\displaystyle H(s) =   \frac{1}{(1/G(s)) - A(s)} = \frac{s^3}{(s+1)^3 - A \cdot \frac{s^3}{s+1}}

となります。 したがって、回路全体の伝達関数 F(s) は、

\qquad\displaystyle F(s) =  \frac{s}{s+1} \cdot H(s) =  \frac{s^4}{(s+1)^4 - A \cdot s^3}

と表されます。 この式から、フィードバック・ゲイン A = 3.32 = 4 × 0.83 として求めた振幅特性を下に示します。


 RESO の値を 0.95 ではなく 0.83 に選んでいるのは、後に示す LTspice の結果とピークの大きさを合わせるために調整した結果です。 「理論」と (通常電流版) 「シミュレーション」との間で 15 % ほどの不一致が見られます。 10 倍電流版のシミュレーションでは RESO = 0.85 で理論の結果と同様になりました。
 83 % のレゾナンスで鋭いピークが生じているのは、次に述べるようにピーク周波数の位置が高い方にズレており、その周波数でのフィードバック・ループの発振開始のための一巡ゲインが「4」ではなく約 3.3 になる影響です。
 正しいループ・ゲイン 3.3 で RESO の値を計算し直すと

    A = 4.0 × 0.83 = 3.32 = 3.3 × 1.01

となり、RESO = 1 程度に相当し、ほぼ発振状態となります。
 このグラフを「正しいフィードバック」の結果 (2020 年 12 月 20 日の記事、→こちら) と比較すると、周波数の低い側から高い側にかけて列挙すると、

  • カットオフ周波数から十分低い周波数での減衰スロープは -24 dB/oct (-80 dB/dec) で変わらない
  • 正規化角周波数 1 [rad/s] 付近での減衰スロープは「正しい」特性より劣化して -18 dB/oct 程度になっている
  • ピーク位置が周波数が高い方へズレている (プロットでカーソル位置から読み取ると 2.42 倍)
  • カットオフ周波数より高いパスバンド部分 (平坦部分) のゲインは 0 dB で、正しいフィードバックの場合の約 -14 dB と異なる

ことが分かります。
 このなかで最もインパクトの大きいのはピーク位置が約 2.4 倍の周波数になってしまうことです。 これらの項目が許容できるのなら、CEM3320 / V3320 内蔵の回路だけで 4 次 HPF が構成できます。
 もし、許容できない項目があるなら、外部に回路を追加して「正しいフィードバック」をかける必要があります。