アナログシンセの VCO ブロック (47) -- マルチ出力アンチログ回路(4)

今回は、各種の誤差要因とその影響について考えてみます。
回路自体は OP アンプにレイル・ツー・レイルタイプではなく、手ごろな LM358 / LM324 / LM2904 / LM2902 を使用した場合でも、精度はともかく動作はするように考慮してあります。
実際、ブレッドボード上の実験では、秋月で販売している HTC 製の LM358N (6 個入り 100 円、通販コード: I-03418) を使用していますが、ちゃんと機能はしています。
この回路の構成では、2 種類の基準 Vbe を生成したあと、増幅せずにそのまま利用しており、その電位差は約 200 mV という小さな値になります。
1 オクターブの音程に対して約 18 mV、半音の音程に対して約 1.5 mV となり、OP アンプの精度の影響が大きくなっています。
回路の誤差要因としては、次のような要素が考えられます。

  • OP アンプのオフセット電圧
  • その温度ドリフトおよび経時変化
  • OP アンプの入力バイアス電流
  • その温度ドリフトおよび経時変化
  • 基準 Vbe 部の残留リプルによる各出力 ch の干渉
  • トランジスタ・アレイのコモン・エミッタ部の共通インピーダンスによる各出力 ch の干渉

まず、OP アンプのオフセット電圧についてですが、基準 Vbe 生成部 (定電流回路) については問題になりません。
定電流の基準電圧に TL431 の 2.5 V を使用しているので、オフセット電圧を 2.5 mV としても誤差は 0.1 % にしかなりません。
オクターブ・スパンの調整のためにトリマを設けているので、オフセット誤差の影響はスパン調整で吸収されてしまいます。
オフセット電圧の温度変化、経時変化についても、量が多くなければ問題になりません。
LPF 部では、オフセット電圧はアンチログ出力トランジスタのベース電圧に直接影響を与えますが、これは全体的な一定の「ピッチ変化」となるだけであり、「オクターブ・スパン」には影響を与えません。
OP アンプの入力回路がバイポーラ・トランジスタの差動ペアによって構成されている場合には、オフセット電圧は原理的には絶対温度に比例する形となります。
トランジスタ・アレイ部と、バイポーラ OP アンプとが同じ温度に保たれているならば、オフセット電圧の温度変化は、出力ピッチの変動をキャンセルする方向に働きます。
J-FET あるいは MOSFET 入力の OP アンプでは、オフセット電圧の温度変化はバイポーラのものとは異なってきます。
したがって、都合よく温度変化がキャンセルされることは期待できません。
その反面、入力バイアス電流が pA 単位であり、小さいので、その影響は無視できます。
バイポーラ OP アンプで入力バイアス電流が nA 単位となる場合には、600 nA 程度の Vbe(MIN) 側の定電流回路では影響が無視できません。
この場合、温度等による変動がゼロであれば、単に定電流値の初期設定値の誤差となるだけで、スパン調整で吸収できます。
NS の LM358 のデータシートでは、スペックの表には定義されていませんが、入力電流の温度変化のグラフをみると、5 ℃ 〜 25 ℃ 程度の温度範囲で、ほぼ変化がゼロとなっています。
LPF 部では、OP アンプの入力バイアス電流は、 56 kΩ + 220 kΩ + 22 kΩ = 298 kΩ にアナログ・スイッチの ON 抵抗を加えたものを通して Vbe 回路へ流れます。
簡単のため、合計を 300 kΩ とし、OP アンプの入力バイアス電流を 20 nA とすると、300 [kΩ] * 20 [nA] = 6 [mV] となり、約 4 半音分のピッチずれを生じます。
これも、絶対温度に比例する形なら温度が変化してもピッチは一定ですが、バイアス電流が温度によらず一定であれば、0.3 %/℃ の依存性は残り、1 ℃ あたり約 20 セントのピッチ変化となります。
ここまでは、単独の出力チャンネルに関するものでしたが、次は複数の出力チャンネル間の「干渉」について考えます。
基準 Vbe 部の出力が PWM 周波数でアナログ・スイッチに「チョップ」されることによる PWM 周波数の「リプル」が十分に抑圧されない場合には、他の出力チャンネルに影響が出てきます。
また、TD62501 ではコモン・エミッタ接続になっているので、IC のピンに引き出されてくるまでの間に、ウェハ上の各トランジスタのエミッタ間の配線およびボンディング・ワイヤ、リードフレームによる「共通インピーダンス」を持つことになります。
トランジスタの最大エミッタ電流が 1 mA とすると、仮に共通インピーダンスが 1 Ω あれば、その電圧降下は 1 mV となり、半音に近い値となります。
1 Ω は極端としても、10 mΩ 程度でも電圧降下によるピッチ変動は 1 セント近くなります。
逆に言えば、共通インピーダンスが 10 mΩ 程度以下であれば問題はないことになります。
5 素子独立の TD62507 では、IC 内部での共通インピーダンスはありません。
CA3046 では、差動ペア構成の 2 個を除く残り 3 個のエミッタは独立で、共通インピーダンスはありません。
差動ペアを 2 個の基準 Vbe を生成するために使えば、常に定電流を流し続けるので干渉があったとしても一定のオフセットが乗るだけとなります。