アナログシンセの VCO ブロック (46) -- マルチ出力アンチログ回路(3)

アナログスイッチおよび LPF 部の回路を 1 系統分だけ下に示します。
OP アンプ出力と、アンチログ出力トランジスタのベースとの間の 1 kΩ 抵抗は、前回説明したように、ベース電流を制限してトランジスタを保護するためのものです。
LPF 部は OP アンプを 1 個使った Sallen-Key タイプの 3 次ベッセル・トムソン・フィルタになっています。
オーバーシュートやリンギングをともなう過渡応答は好ましくないので、ベッセル特性を選んでいます。
ベッセル・フィルタでは高い Q は要求されないので、OP アンプ部のゲイン K = +1 のタイプで実現しています。

ゲイン 1 の正相増幅回路は、高精度の抵抗を必要とせずに、OP アンプ出力とマイナス入力端子とを接続するだけで実現できます。
アナログ・スイッチの ON 抵抗は、22 kΩ、220 kΩ、56 kΩ の抵抗と直列になって OP アンプのプラス入力に接続されるだけです。
OP アンプのバイアス電流によるオフセット誤差は生じますが、全体のゲインに対するアナログ・スイッチの ON 抵抗による誤差は問題になりません。
したがって、複数のアンチログ出力のいずれに対しても LPF 部の DC ゲインは極めて正確に「1」であり、各出力の「オクターブ・スパン」は同一となり、調整の必要もありません。
このアンチログ回路の構成では、PWM 信号でアナログ・スイッチをドライブし、「1 ビット DA」として使用しています。
正確なタイミングで出力されるディジタル信号でスイッチングして、時間方向に平均化して出力値を得ているので、十分なリニアリティが得られます。
しかし、これは、ほとんど全てのピッチ CV に関する情報を MIDI2CV から PWM 信号として出力する必要があることを示しています。
LPF で「平滑化」する効果を十分得るためには、PWM 周波数を十分高く取らなければなりません。
たとえば、PWM 周波数の目標を 20 kHz 程度と考えると、MIDI2CV を AVR マイコンで実現する場合には 20 MHz クロックでのタイマ動作となり、PWM の分解能は 1024 程度、つまり 10 ビット程しか得られません。
MIDI ノート番号での指定は 128 半音分ですから、1024 の分解能では 1/8 半音 = 12.5 セントの分解能にしかなりません。
これまで使ってきたマイコンで、最も高いタイマ・クロック周波数を持つのは STM32F4 プロセッサの 168 MHz で、その場合には 168 MHz / 8192 = 20.51 kHz となり、13 ビットの PWM 分解能を持ちます。
その場合、1/64 半音 = 1.56 セントの分解能となります。
PWM 分解能が十分取れない場合には、「ファイン・チューニング」や、「デチューン」のための微少なピッチ調整はアナログ的に行う必要が生じます。
そのようなアナログ的な CV をミックスする場合の回路例を下に示します。

点線から下が追加した部分です。
LPF 入力部の 22 kΩ に 1 MΩ の抵抗を介してアナログ電圧を入力する、「パッシブ・ミキサ」の構成となっています。
この構成では、Vbe を 22 kΩ と 1 MΩ の抵抗分圧回路を通してからゲイン +1 の OP アンプ回路に入力する形となるので、トータルのゲインは 1 を下回ることになります。
その分圧比の精度は、使用する抵抗の精度に依存することになり、精度が十分でない場合には調整によって合わせ込む必要があります。
全アンチログ出力のピッチを一斉に変化させる「マスター・ファイン・チューニング」については、Vbe の定電流回路のリファレンス電圧を変化させるのが最も簡単です。
「マスター・コース・チューニング」および各チャンネル別のコース・チューニングについては、MIDI2CV で対応して PWM 出力を変化させる必要があります。