3V単一電源動作の VCF (5) - Minimoog 回路のシミュレーション (3)

2 次の伝達関数を実現する、バイクワッド (双二次: biquad) 回路あるいはステートバリアブル (状態変数: state variable) 回路では、ひとつの回路から LPF/BPF/HPF などの複数のフィルタ出力を同時に取り出すことができます。
Moog タイプのトランジスタ・ラダー回路でも、限定的ですが、本来の 24 dB/oct の LPF 出力とは異なる特性の出力を得ることができます。
まず、自明な例として、フィルタ出力を取り出す位置を変えると LPF の減衰域のスロープを変えることができます。
トランジスタ・ラダー回路では、(バッファ付き) 1次フィルタを4段重ねて 24 dB/oct の減衰量を得ていますから、ラダーの途中から出力を取り出せば、6 dB/oct、12 dB/oct、18 dB/oct の出力を実現できます。
ただし、その場合は、追加の差動増幅部が必要になります。
ここでは、フィルタへの入力位置を変えることで BPF 特性を得る方法を説明します。
まず、(バッファ付き) 1次フィルタのコンデンサ側から入力を入れると HPF になることを示します。
下の図は、「バッファ付き」ということを強調するために、入力側と出力側のバッファ両方を表示した LPF 回路です。 「+1」と内側に書いてある三角形のシンボルが、入力インピーダンス無限大、出力インピーダンスゼロ、ゲイン1の理想バッファを表しています。

上の図は、入力バッファの入力をグラウンドに落とし、コンデンサ C のグラウンド側に別のバッファを接続して、そちらから入力するように変更したものです。
出力インピーダンスゼロのバッファなので、抵抗 R につながっているバッファの出力は、グラウンドのレベルに固定されたままであり、抵抗 R の片側がグラウンドに直接に落とされているのと等価です。
したがって、上の図は、HPF フィルタの特性を持つことになります。
つまり、トランジスタ・ラダーのコンデンサ側から入力すると、その段は LPF ではなく HPF として働くことになります。
後続するトランジスタ・ラダー段は依然として LPF として働きますから、トータルとしての特性は、入力する位置により、

  • 1次 HPF 1段 (6 dB/oct スロープ) + 1次 LPF 0段〜3段

となります。
4次のフィルタを BPF として使う場合に期待されるのは、HPF 側、LPF 側それぞれに2ポールずつ分配して、中心周波数より低い側と高い側の減衰スロープがそれぞれ 12 dB/oct となることです。
しかし、ここで示す方法では、トランジスタ・ラダー1段分しか HPF 特性にならないので、どの位置に入力しても、BPF の低域側のスロープは 6 dB/oct しか得られません。
ここで、BPF の特性を「BPF13」のように表現します。 左側の数字は低域側の次数を表し、右側の数字は高域側の次数を表します。
つまり、「BPF13」は、

  • 中心周波数より低い側の減衰量は1次分、つまり 6 dB/oct
  • 中心周波数より高い側の減衰量は3次分、つまり 18 dB/oct

を表します。
この表現を使って、トランジスタ・ラダーへの入力位置による特性の違いをまとめると、

  • 原回路 : LPF04 -- L 側 : 平坦、H 側 : 24 dB/oct
  • 第 1 段 : BPF13 - L 側 : 6 dB/oct、H 側 : 18 dB/oct
  • 第 2 段 : BPF12 - L 側 : 6 dB/oct、H 側 : 12 dB/oct
  • 第 3 段 : BPF11 - L 側 : 6 dB/oct、H 側 : 6 dB/oct
  • 第 4 段 : HPF10 - L 側 : 6 dB/oct、H 側 : 平坦

となります。
第4段に入力すれば、HPF 特性が得られますが、1次特性にしかならないので実用的な価値は低いです。
「BPF11」は2次フィルタでの BPF 特性とほぼ同じです。
4次フィルタということを活かすとすれば、「BPF13」を選択することになります。
BPF13 の特性を LTSpice によるシミュレーションで求めてみました。 まずは、理想的なモデルによる方法です。

(縮小前の回路図はこちら→)
結果の周波数特性のグラフを下に示します。

負帰還量を変えてプロットしていますが、負帰還量が増えすぎると、かえってピーク量が減少する現象が見られます。
一番負帰還量が多いのが緑色の線ですが、それよりも負帰還量が少ない青色の線よりピークが小さくなっています。
今度は、Minimoog の回路に変更を加えてシミュレーションしてみました。

トランジスタ・ラダーの各段にベース抵抗 470 Ω を追加し、ベースに信号を加えられるようにしました。
1段目に信号を加えて、BPF13 特性を得ています。
トランジスタ・ラダーでは、コンデンサ側から信号を入力するのと、ベース間に信号を加えるのは等価になります。
簡単に説明すると、まず、トランジスタ・ラダー下部の差動ペアに信号入力がなく、トランジスタ・ラダーを貫く差動電流に変化がないと仮定すると、ラダーを構成する各トランジスタV_{\rm BE} には変化がありません。
そのため、ベース間の電圧を変化させると、その電圧変化は、そのままエミッタ間の電圧変化、つまりコンデンサ両端の電圧変化につながります。
コンデンサ側から入力する場合は。低インピーダンスでドライブしなければならいのでバッファが必要です。
トランジスタ・ラダーの場合も、コレクタ電流が多い場合の誤差を防ぐために、ベース抵抗もある程度小さい値 (470 Ω) に選ぶ必要があります。
しかし、もともと、V 単位の大振幅の入力信号をトランジスタの差動入力信号として歪みを生じない、数十 mV 程度の信号に分圧する必要がありますから、ベース抵抗の小ささは問題になりません。
シミュレーション結果の周波数特性のグラフを下に示します。

数十 Hz 付近にディップがあるのはフィードバック・パスのコンデンサ C10, C24 を含む時定数によるもので、容量を大きくすれば位置が低域に移動します。
10 Hz 以下の領域でゲインが低下しているのは差動増幅部の入力 HPF によるものです。 カットオフ周波数が低くなるにつれピーク量が減少しているのは、差動増幅部の入力インピーダンスの影響です。
次回は、実際のブレッドボードでの実験結果に触れます。