3V単一電源動作の VCF (2) - Minimoog 回路のシミュレーション (1)

これまで、トランジスタ・ラダー型フィルタの回路シミュレーションをきちんとやったことがなかったので、まずは、原型となる Minimoog のオリジナル回路の LTSpice シミュレーションを行いました。
結果の周波数特性 (AC 解析) のグラフを下に示します。

拡大版のグラフはこちら (→) です。
シミュレーションに使った回路図はこちら (→) です。
オリジナル回路では NPN トランジスタは TIS97 と TIS92 を使っていますが、シミュレーションでは、すべて LTSpice 付属の 2N3904 のモデルを使っています。 また、アンチログ部は定電流源で代用し、.step カードで電流値を振っています。
入力トランジスタのベースに、分圧せず AC 入力電圧源を接続しているので、ゲインは大きな値になっています。 AC 解析ですから、実際の入力ではクリップしてしまうような信号レベルでも関係なく表示されています。
特に低域がヘンな特性になっていますが、これは主に差動増幅部の特性によるものです。
差動増幅部の回路を下に示します。

シンセサイザは「楽器」ですから、「音作り」のために特性が作りこまれていることが想像できます。
しかし、純粋に回路的な判断基準、つまり、ひずみが小さいとか、フィルタの通過域の特性はなるべく平坦がいいとか言った見方をすると、この差動増幅部には次のような気になる点があります。

  1. 差動ベア (Q7, Q5) のバランスがとれていない (R24 と R20 とが等しくない)

  2. 入力インピーダンスが低い (R31, R38 の値は 47 kΩ)

  3. 負帰還ループの DC カット用のコンデンサ (C10) の値が 10 μF と小さい

  4. 入力部が AC カップルになっており、コンデンサ (C5, C1) の値が 0.22 μF と小さい

まず、1. ですが、この回路はダーリントン接続された NPN トランジスタで差動ペアを構成しています。
1段目のトランジスタのエミッタと2段目のトランジスタのベースが接続されている点から負電源側に抵抗 (R24, R20) が接続されています。
この抵抗の目的は、1段目のトランジスタに流れる電流を増やして、特性の良い領域で動作させるためです。
この電流が多くなると、ダーリントン的な色合いが薄れて、差動ペアの入力側にエミッタフォロアを付けたものといった傾向が強くなります。
ここでの問題は、R24 と R20 の抵抗値が違うために、1段目のトランジスタに流れる電流が Q8 と Q6 とで異なり、それぞれの V_{\rm BE} に差が生じて差動ペア Q7, Q5 のベース電位にオフセットが生じることです。
Q7, Q5 のベース電流を無視して「目の子」で計算すると、R24 が 220 kΩ、R20 が 100 kΩ ということで Q8, Q6 のコレクタ電流密度は約 2 倍ですから、V_{\rm BE} の差は約 18 mV ということになります。
差動ペア Q7, Q5 のテイル電流は約 10 mA ですから、h_{\rm FE} = 100 程度として Q7, Q5 のベース電流は約 50 μA であり、R24 を流れる電流と同程度になります。
LTSpice の動作点解析の結果では、Q7, Q5 のベース電位のオフセットは約 13 mV となります。
また、それにともない、本来はプラス電源電圧の 1/2 の 5 V の設定であるはずの差動増幅出力のバイアス電圧が、約 3.5 V となり、出力波形のクリップ位置が正負で非対称になっています。
LTSpice の DC スイープで、この差動増幅器の入出力特性をプロットしたのが下のグラフです。

差動入力は Q7 側がマイナス、Q5 側がプラスの方向で与えています。
赤い線が出力電圧で、青い線は出力電圧の微分です。 青い線のピークの位置が差動ペアのバランスの取れた位置となります。 グラフから、入力が 0 V ではバランスが取れておらず、オフセットが生じていることが分かります。
また、微分である青い線が入力 -100 mV の付近でグニャグニャしているのは、そのあたりで Q8 が飽和し、特性が変わるためです。
これはシミュレーションであり、差動入力は内部インピーダンスゼロの電圧源でドライブされているので、トランジスタが飽和しようが何しようが、無理やり電圧を加えるので、このような形になっています。
実際には、ドライブする側の出力インピーダンスはゼロではないので、もっとはっきりとクリップする形になります。
このように、回路的には、動作点が中央になく、非対称な動作となるため、ひずみも非対称な形で発生することになります。
「非対称なひずみ」をエフェクター用語で表現すると「オーバードライブ」的な動作ということになります。
私は Minimoog については、「実物を見たことがある」という程度で、「これが Minimoog の音だ」というような認識は持ち合わせていません。 差動増幅部の特性が非対称なのは、回路図が間違いでなければ、この方が「音」のキャラクター的に好ましいという判断なのかも知れません。
他の項目については次回以降に説明します。