3V単一電源動作の VCF (2) - Minimoog 回路のシミュレーション (2)
VCF のレゾナンス (Moog 用語ではエンファシス) を下げた状態、つまり、負帰還量を下げた状態でのシミュレーション結果のグラフを下に示します。
前回のレゾナンスを上げた状態のグラフでもそうですが、ゲインが -70 dB 程度まで下がってから再び上昇しているのは、トランジスタの電極間のキャパシタンスを通じて、出力の負荷抵抗まで信号が「つつ抜け」するためです。
この「つつ抜け」はハイパスの特性を持ち、その量自体は、あまり大きくないので、正規の信号のレベルが大きい低域では目立たず、高域になって持ち上がってくる形になります。
トランジスタ・ラダー部の DC 電圧利得は、入力差動ペアのベース間に信号を入れ、「てっぺん」のトランジスタ・ラダー最終段のエミッタ間から出力する条件では、ゲイン 1 (0 dB) です。
このレゾナンスの低い状態では、負帰還がほとんど掛かっていませんので、周波数特性の平坦部のゲインが差動増幅部のゲインを表すことになります。
これをグラフから読み取ると、約 37 dB です。
一方、シングルエンド、抵抗負荷、エミッタ直結の差動増幅器のゲインの理論式からラフに計算すると、テイル電流 、コレクタ負荷抵抗 、熱電圧 として、
となり、デシベルでは約 40 dB となり、ほぼ一致しています。
さて、差動増幅部の回路図を再掲して、前回の議論の続きをします。
前回の
2. 入力インピーダンスが低い (R31, R38 の値は 47 kΩ)
についてですが、この入力インピーダンスがトランジスタ・ラダー最終段のエミッタ微分抵抗と並列接続される形となり、エミッタ微分抵抗が大きい領域で特性に影響を及ぼします。
差動ペアのテイル電流が 1 μA の場合、それぞれのトランジスタのエミッタ電流は 0.5 μA となり、エミッタ微分抵抗は 、つまり、約 52 kΩ となり、R31, R38 と同程度になります。
Minimoog の回路では、トランジスタ・ラダー最終段のエミッタ間にはコンデンサが接続されており、周波数特性に変化が生じます。
トランジスタ・ラダー回路の中には、コンデンサなしのトランジスタ対をさらに1段積み上げ、そのエミッタから出力を取り出す形式のものもあります。
その形式では、最終段の周波数特性に変化は生じませんが、電圧レベルは変化しますので、負帰還量が増えた、つまり、レゾナンスの上がった状態ではピークの量に変化が生じます。
下にレゾナンスを上げた状態の周波数特性のグラフを再掲します。
カットオフ周波数が低くなるにつれてピーク量が減少しているのは、この入力インピーダンスの影響によるものです。
カットオフ周波数が高い部分でもピーク量が減少しているのは、別の原因によるものです。 カットオフ周波数が高い、つまり、トランジスタ・ラダーのエミッタ電流が多い領域では、ベース電流も多くなり、ベースに接続されている抵抗 (R54, R76) での電圧降下によるゲイン減少が無視できなくなるためです。
また、数 Hz 程度の周波数の低い領域でゲインが減少しているのは、前回の
ことによるものです。 これは、レゾナンスの低い場合のグラフで見たほうが分かりやすいです。
R31, C5 の値から、このハイパスフィルタ部のカットオフ周波数を計算すると、
となり、可聴周波数域外であり、音に「味付け」をするためのフィルタではないようです。
直結せずに AC カップルをする理由を考えてみると、
ことがあるのではないかと思います。
差動増幅段のオフセット付加を意図的にやっているのだとすると、トランジスタ・ラダー部のバランスの崩れに引っ張られてバイアスが変化するのは好ましくありません。
また、このハイパスフィルタにより、低い周波数の差動成分だけでなく、同相成分も減衰しますから、LFO で VCF にグロウルを掛けるような場合の CV 漏れを減少させることができます。
エンベロープで変調する場合、速いアタックやディケイについてはこのフィルタでは取りきれないと思います。
最後に
3. 負帰還ループの DC カット用のコンデンサ (C10) の値が 10 μF と小さい
ですが、これは負帰還量が大きい、つまり、レゾナンスが上がった状態の場合の特性に関係します。
周波数特性のグラフで数 Hz 付近に小さなピークがあって、そこから 20 Hz 付近までゲインが減少し、それ以上の周波数では本来の特性になっている部分です。
数 Hz 付近が持ち上がっているのは負帰還ループ内の C10 により低域で負帰還量が減少し、トータルのゲインとしては大きくなるためです。
本来は、低い周波数領域でゲインは増大するのですが、差動増幅部の入力のハイパスフィルタの作用としてはゲインは減少に転ずるので、両者の寄与の結果として、小さなピークが生じています。
このシミュレーションの条件では、おそらく実際の回路では発振するような状態であり、測定結果としてこのようなグラフが得られることはないと思います。