アナログシンセの VCO ブロック (7) -- リニア VCO 回路(2)

このぎり波 (sawtooth wave) およびランプ (ramp) 波形の傾斜が緩やかな部分と、傾斜が急な部分、それぞれの名称について調べても分からなかったので、ここでは適当に、それぞれ「緩斜辺」、「急斜辺」と呼ぶことにします。
どの方式の VCO でも、緩斜辺の部分は入力電流をタイミング・コンデンサ積分して生成します。 方式によって異なるのが急斜辺の部分です。

リセット方式

リセット方式を定義すると、

緩斜辺の終点 (=急斜辺の始点) に達すると、入力電流に左右されない大電流でタイミング・コンデンサを一定の時間にわたって放電させ、緩斜辺の始点に引き戻す方式

と言えます。

この「一定の時間」というのが重要で、変動すると波形にジッタが生じることになります。
しかし、このリセット時間が本来の楽音の周期にプラスされるので、周波数の誤差になります。 これは周波数が高いほど大きく、リセット方式の原理的な欠点です。
基本的には、なるべくリセット時間を短くして誤差を小さくしますが、それでも残る誤差に対して簡単な回路で補正することができます。
ただし、補正量が大きくなるにしたがって、のこぎり波の振幅がわずかながら小さくなるという副作用があります。
また、別の欠点としては、短時間のうちに大電流でコンデンサを放電するので、電源にパルス性ノイズが乗って、他の回路に影響を与える恐れがあることです。
リセット方式の利点としては、一般に回路が簡単になることと、別の VCO から供給されるリセット信号を使った VCO どうしの同期が簡単に実現できることです。
他の方式では、本来の回路では外部同期に対応しないので、新たに VCO SYNC 用の回路を設けなければなりません。

高域補償

リセット時間による誤差は高域で大きくなるので、リセット時間による誤差の補正のことを「高域補償」と呼ぶこと多いようです。 考案者 (Sergio Franco) の名を取って「Franco's compensation」ともよばれます。
Franco の論文*1は読んでいないので間違っているかも知れませんが、私の解釈では、基本的な考え方は、リセット時間が存在するために緩斜辺のスタートが遅れるのが問題なのだから、緩斜辺の終わり (=急斜辺の始まり) つまり、リセット期間の始まりを早くしてやれば良いということです。
緩斜辺の終わりを検出するコンパレータのスレシホールド (トリップ・ポイント) を修正して、本来のトリップ・ポイントより、時間にしてリセット時間分だけ早くトリップするような電圧レベルにできれば目的達成です。

左図で、それぞれ、緩斜辺の傾きを m 、リセット時間を T (温度ではない)、本来のコンパレータのスレシホールドを Vth、修正すべきスレシホールドを Vth' とします。
本来のトリップ・ポイントより T だけ早くリセットを開始するには、図から、m・T だけコンパレータのスレシホールドを下げてやれば良いことが分かります。
入力電流 I を、容量 C のタイミング・コンデンサ積分したものが、のこぎり波の緩斜辺ですから、その傾き m は、m = I/C で表されます。 したがって m・T = I・T/C だけコンパレータのスレシホールド電圧を下げれば良いことになります。
しかし、入力電流によってコンパレータのスレシホールド電圧を変えるのは手間がかかりますから、逆に、のこぎり波側の電圧にゲタをはかせてやることにします。
m・T は入力電流 I と、定数 T/C との積になっていますから、タイミング・コンデンサと直列に抵抗値 R の抵抗をつないで、ここでの電圧降下 I・R を利用します。
この両者を等しいとおけば、 I・T/C = I・R より、入力電流によらず、T = R・C になります。
つまり、抵抗 R = T/C を一本追加するだけで、リセット時間による誤差をキャンセルできる巧妙な方法です。
ただし、のこぎり波の本来の振幅より I・T/C だけ振幅が小さくなるという副作用があります。
リセット方式の実際の回路例については次回以降で説明します。

*1:Sergio Franco, "Hardware Design of a Real-Time Musical System", Dept of Computer Science Report UIUCDCS-R-74-677, Univ. of Illinois, Urbana-Champaign