PX-150 (12)

今回はコンパレータの伝達遅延 (応答速度) の影響について考えます。
まずは、上側のスレシホールド V_{\rm TOP} からです。

コンパレータのディレイ t_{\rm pdH} のため、コンパレータ入力がスレシホールドレベル V_{\rm TOP} に達しても、のこぎり波/ランプ波がすぐには下降せず、のこぎり波のレベルは V_{\rm TOP} を行き過ぎ、V^\prime_{\rm TOP} にまで達します。
これは、見方を変えると

  • ディレイがゼロで働く理想コンパレータ
  • スレシホールドレベルが V^\prime_{\rm TOP}

の組み合わせとして表現することもできます。
この考えをもとに、現実のコンパレータのディレイをスレシホールドレベルの変化に換算し、理想コンパレータを前提に導き出した前回の式に代入して、ディレイの効果を取り込みます。
V^\prime_{\rm TOP} を式で表すと、
\qquad \qquad V^\prime_{\rm TOP} = V_{\rm TOP}\, + \,\frac{I_{\rm A}\, \cdot \,t_{\rm pdH}}{C}
となります。
同様に V_{\rm BOT} 側を考えると

\qquad \qquad V^\prime_{\rm BOT} = V_{\rm BOT}\, + \,\frac{(I_{\rm A}-I_{\rm R})\, \cdot \,t_{\rm pdL}}{C}
となります。
前回の式には、(V_{\rm TOP} - V_{\rm BOT}) という、スレシホールド電圧の差の形が含まれるので、ここでも差を計算すると、
\qquad \begin{eqnarray} V^\prime_{\rm TOP}-V^\prime_{\rm BOT} &=& (V_{\rm TOP}-V_{\rm BOT}) \\ &+& \frac{1}{C} \left ( I_{\rm A} \cdot t_{\rm pdH} - I_{\rm A} \cdot t_{\rm pdL} + I_{\rm R}\cdot t_{\rm pdL} \right ) \\ &\,& \\ &=& (V_{\rm TOP}-V_{\rm BOT}) \\ &+& \frac{1}{C} \left \{ I_{\rm A} \left ( t_{\rm pdH} -  t_{\rm pdL} \right ) + I_{\rm R}\cdot t_{\rm pdL} \right \} \end{eqnarray}
となります。
この式を見ると、コンパレータの立ち上がり側と立ち下がり側のディレイが等しい、つまり (t_{\rm tpdH} - t_{\rm pdL}) = 0 ならば、入力電流 I_{\rm A} に対する依存性がなくなる事が分かります。
その場合に残るのは、(I_{\rm R} \cdot t_{\rm pdL})/C の項だけになります。
リセット電流 I_{\rm R}、コンパレータのディレイ t_{\rm pdL} ともに一定なら、この項は定数となり、出力波形の振幅に一定量の変化を与えるだけとなります。
しかし、一般には、コンパレータの入力波形によりコンパレータのディレイ量が変化する現象があり、ディレイが一定であるとは見なせません。
下の図は、National Semiconductor 社の汎用 (つまり、特別に高性能ではない) コンパレータ LM339 のデータシートから転載したものです。

このグラフは入力オーバードライブ量の大小による応答時間の変化を示したものです。
「オーバードライブ」とは、コンパレータ出力を変化させるのに必要な最小限の入力変化量を上回って、過剰に入力を変化させることです。
ゲイン無限大の理想コンパレータとは違って、現実のコンパレータではゲインは有限ですから、有限の出力電圧の変化のためには有限の入力電圧の変化が必要です。
LM339 の場合では、ゲインの標準値は 200 V/mV ですから、出力に 5 V の変化を生じるためには、入力を 0.025 mV 変化させればよいことになります。
しかし、これは DC (直流) でのゲインですから、この最小限の入力を与え続けていれば、いつかは、出力が変化するということに過ぎません。
当然、高い周波数領域でのゲインは低下していますから、高い周波数成分、つまり高速変化させる力は弱いことになります。
入力の変化量を大きくしてやる、つまり、オーバードライブしてやると、高域でのゲイン低下を補って、出力を高速変化させる「勢い」を強めることになります。
高速で高性能なコンパレータでは、遅延時間が小さいのはもちろん、オーバードライブ量による遅延時間の変化が少ないことを売りにしているものもあります。
リニア VCO では、オーバードライブ量の変化という形ではなく、入力波形の傾きの変化という形になりますが、ディレイ量の変化との関係はデバイスに依存するので、その効果を定式化して計算式に盛り込むのは困難です。
最後に、実測値との適合度合いをグラフで確認してみます。
スピードが速くて、コンパレータとしてのディレイの絶対値の小さい、MC14577 での測定値を例に取ります。

青い線で示したのが前回の計算式による結果で、コンパレータのディレイの効果は入っていません。
電流の大きい領域では良く合っていますが、中程度の電流の領域では、あまり合っていません。
このグラフでは、リセット電流は 1.3 mA に相当する値の設定ですが、実際の回路でのリセット電流は、コンパレータの V_{\rm OH} から計算すると約 1.4 mA で、微妙に合っていない感じです。
次回は、SX-150 のリニア VCO の誤差の補正回路について検討します。