アナログシンセの VCO ブロック (5) -- アンチログ回路(4)

アンチログ回路の温度補償について述べて来ましたが、ここで、やっとピタット (PTAT) 電圧源の登場です。
スケーリング係数 A絶対温度 T に比例する形にするのは、数式の上では簡単で、ピタット (PTAT) 電圧を掛けてやるだけです。
これをアナログ回路で実現するには、実際にアナログ乗算器 IC を使うかどうかは別にして、アナログ乗算機能を持つブロックを追加する必要があります。
アンチログ回路は、トランジスタ2個、OP アンプ1個、抵抗数個で実現でき、ピタット (PTAT) 電圧源も同程度の規模なのに、そこにアナログ乗算器を持ち出すのは、少し大げさな感じがします。
一方、MIDI2CV など、DAC を使って CV を発生させる場合、追加のコストなしで、ピタット電圧との乗算機能を実現できます。
DAC の入力データ形式がストレート・バイナリの場合、DAC の機能は、
出力電圧 = 基準電圧 × 入力数値 / フルスケール数値
と表現できます。
通常は、安定で正確な出力電圧を得るために、基準電圧 V_{\small{\rm REF}} の温度係数が小さくなるように努力するのですが、逆に、V_{\small{\rm REF}} にピタット (PTAT) 電圧 V_{\small{\rm PTAT}} を入力すれば、絶対温度 T に比例する CV 電圧が簡単に得られます。
広範囲に変化する V_{\small{\rm REF}} に対応する「マルチプライング DAC」(multiplying DAC) というジャンルの製品もありますが、 V_{\small{\rm PTAT}} の変化幅は、それほど大きくないので、多くの場合、ごく普通の DAC が使えます。
もちろん、内部の基準電圧でしか使えない DAC の場合は無理です。
電源電圧を基準電圧として使うタイプの DAC には、ちょっと強引ですが、電源電圧自体を V_{\small{\rm PTAT}} にしてしまえば OK です。
温度が ±30 K 変化しても、ピタット (PTAT) 電圧は ±10 % 変動するにすぎませんから、DAC IC が ±10 % の電源電圧変化を許容するなら、常温±30 K の範囲で使えることになります。
マイコンなどで PWM を DAC の代わりに使用する場合には、マイコン自体の電源を V_{\small{\rm PTAT}} にするか、マイコン自体は正規の電源で動作させ、PWM 波形は外部のバッファーかアナログスイッチで発生させることにして、その外部の IC の電源を V_{\small{\rm PTAT}} にします。
ストレート・バイナリ形式の DAC 出力は 0 〜 V_{\small{\rm PTAT}} ですが、これを正負対称の -V_{\small{\rm PTAT}}\,+V_{\small{\rm PTAT}} にするには OP アンプが必要です。
この方式による回路図を(→こちら)に示します。
この回路図のアンチログは通常使われる回路と同じ反転入力タイプ、つまり、出力電流を取り出すトランジスタと逆のトランジスタ側に入力するタイプですから、DAC に出力するピッチデータは反転、つまり1の補数を取った数値にする必要があります。
アナログ乗算回路による方法については、次回以降に説明します。