ピタット (PTAT) 電圧源 (3)

intel の PC 用プロセッサは Pentium II (Deschutes の世代) から CPU ダイ上にダイ温度測定用のダイオード (thermal diode) を内蔵するようになりました。
このダイオードを利用して CPU ダイ温度を測定する IC が各種作られていますが、その初期のものにアナログデバイセズ ADM1021 や、マキシム MAX1617 などがあります。
これらの IC は、非常に巧妙な方法で温度を測定していますので、それを紹介します。
内蔵されているダイオードは1個だけなので、普通に考えれば、ダイオードの順方向電圧降下 V_{\small{\rm F}} が約 -2 mV/K の温度特性を持つことを利用するしかありません。
実際に、この方法で測温しているマザーボード・モニタ・チップも多いです。
それに対し、ADM1021 などの方式では、1個のダイオードに交互に大小2種の電流を流して、それぞれ V_{\small{\rm F}} を測定します。 いわば、ひとつのダイオードを時分割方式でふたつのダイオードに見せかけていることになります。
見かけ上ふたつのダイオードになりますが、実体はひとつなので、ペアのマッチングとしては完璧です。 ただし、複雑な処理が必要になります。 リアルタイム性も失われて、応答速度の点では不利です。
ふたつの電流比を N とすると、これまでの議論と同様に V_{\small{\rm F}} の差は
\quad\quad \Delta V_{\small{\rm F}} = V_{\small{\rm F2}} - V_{\small{\rm F1}} = V_{\small{\rm T}} \cdot \ln(N)
となります。 ただし、V_{\small{\rm F2}} \, , \, V_{\small{\rm F1}} が時分割で表れますから、結局、P-P 値が \Delta V_{\small{\rm F}} となる矩形波が観測されます。 その周波数は ADM1021 の場合 65 kHz です。
ADM1021 のデータシートには N の値は記載されていませんが、電流値のスペックから推定すると N=16 程度と思われます。 この N の値から\Delta V_{\small{\rm F}} を計算すると約 72 mV になります。
ノイズの多いマザーボード上で、このレベルの信号を扱うのは大変で、データシートにもレイアウト上の注意が書いてあります。 また、配線抵抗1Ωあたり 0.5 K の誤差になります。
データシートによれば、この矩形波入力は、その後、

  • 65 kHz LPF
  • チョッパ・スタビライズド・アンプで増幅と整流
  • 8 ビット ADC でディジタイズ
  • 16 サイクル分の計測値から平均を求めるディジタル・フィルタリング

という複雑な処理を施されます。
方式が複雑なので、アナログシンセ回路への応用は難しいかも知れませんが、「原理的には高性能」という点では1ビット DA 方式と同様に魅力ある回路です。