1/12 オクターブバンド・フィルタ (12)

DUT (Device Under Test: 被測定デバイス) をコンデンサだけに限らず、一般の 2 端子回路とすると、2 端子間の電位差と回路を流れる電流との関係を測定できれば、それらの商としてインピーダンス (およびアドミタンス) を求めることができます。
DUT 以外の回路素子を理想的なもの (電流計の内部抵抗ゼロ、電圧計の入力インピーダンス無限大、ストレー容量ゼロ) とすると、次のような回路で測定することができます。

ここで、電圧計/電流計は単にスカラー値として振幅の平均値や実効値を求めるだけではなく、駆動信号の基準位相との間の位相差を測定できるベクトル電圧計/電流計であるものとします。
また、駆動信号は周波数 1 kHz の正弦波とします。
電流計の位置を DUT の H 側に移動させ、電流計を「分流器+電圧計」として「現実的」な表現に直した回路を下に示します。

この回路形式には「I-V 法」という名称が付けられています。
この回路では、DUT の L 側が直接 GND に落とされているので L 側のストレー容量の影響がありません。
また、端子のひとつが元から GND に落とされていて、フローティング状態にできない DUT についても測定ができます。
その一方で、電流検出のための電圧計はフローティングでの測定ができる必要があります。
分流器の抵抗 R は小さな値に選んで測定に対する影響が少ないようにしますが、下の図のようにトランスを用いる方法もあります。


これは元の R を除去して、そこに AC 電流プローブを挿入したものと等価です。
トランスにより 1 次側と 2 次側の電位は独立に選べるので、2 次側の回路の一端を GND に落とすことができ、電圧計をフローティングにする必要がなくなります。
しかし、トランスの存在により、低い周波数の成分が通りにくくなるので、使用できる下限の周波数に制限が出てきます。
I-V 法は電圧計/信号源を除きパッシブ回路による構成ですが、電流検出にアクティブ回路を使った「自動平衡ブリッジ法」の回路を下に示します。

「自動平衡ブリッジ」という耳慣れない名称が付いていますが、実体は OP アンプによる電流-電圧変換 (トランスインピーダンス) 回路です。
通常、「ブリッジ回路」は、既知のインピーダンス 3 個と未知のインピーダンス 1 個をブリッジに組み、平衡させる過程で未知のインピーダンスの値を求めるものです。
この回路では「ブリッジ」を構成するのは DUT と R の 2 個だけで、「ハーフ・ブリッジ」となっています。
平衡させる目標の電位は、はじめから GND レベルと決まっているので、ブリッジの残りの部分の抵抗 2 個を使って電位を発生させる必要はありません。
OP アンプのバーチャル・グラウンドの作用により、DUT の L 側端子は GND レベルに自動的に保たれ、常にブリッジとしての平衡が保たれることになります。
L 側の電位は常にゼロに保たれるので、L 側のストレー容量に貯まる電荷の量もゼロ、変化もゼロで、つまり「電荷が移動しない」=「電流が流れない」ということでストレー容量の影響がなくなります。
OP アンプのバイアス電流を無視すれば、DUT に流れる電流はそのまま R を流れることになり、電圧に変換されたものが OP アンプ出力に得られます。
DUT 両端の電位差はインスツルメンテーション・アンプなどの高入力インピーダンスの差動増幅器で検出します。
DUT の L 側は GND レベルに保たれるので、シングルエンド入力のアンプで H 側の電圧を測っても用は足りますが、インスツルメンテーション・アンプを使うと、回路図に示したように「4 端子接続」により、DUT へのケーブルの影響を少なくすることができます。
今回は、精度を追求するのではなく、なるべく簡単なハードウェアで実現することに重点を置き、下の回路図のようなハードウェアで電圧/電流波形を検出し、PC 上のソフトウェアで計算を行なって tan δ を求めています。

PC 上のソフトウェア「WaveGene」で約 1 kHz の正弦波を発生させ、PC オーディオ・インターフェースのライン出力端子から測定回路に入力しています。
測定回路の電圧波形/電流波形出力を PC オーディオ・インターフェースのステレオ・ライン入力と接続し、オーディオ信号として .wav ファイルに「録音」します。
この .wav ファイルを媒介として、PC 上のアプリケーションを「オフライン」で「非リアルタイム」に実行して tan δ を求めます。
「オンライン」で「リアルタイム」の制御をすることはできないので、測定周波数やレベルは測定期間中は一定に保っておく必要があります。
ステレオの L/R ch といっても、両者の特性は完全に一致はせず、本来は 1 系統の信号パスの入力側で電圧/電流波形を切り替えながら測定するか、2 系統使う場合でも入力側で電圧/電流波形を切り替えて 2 回測定を行い、信号処理の段階でレベル差/位相差をキャンセルする必要があります。
「自動平衡ブリッジ」回路は「微分回路」と見なせるので、高域側でゲインが増大していきます。 前段のボルテージ・フォロア出力と DUT の H 側tとを直結すると発振を生じるので、「信号源抵抗」 Rs として 100 Ω の抵抗を挿入し、DUT のコンデンサがボルテージ・フォロアの直接の負荷とならないようにしています。
上の回路は初期のもので、信号を増幅も減衰もさせず、レベルはライン IN/OUT のレベルそのもの (数百 mVp-p) になっています。
簡易的な測定なので、DUT との接続は基板上に設けたピンソケットに対象デバイスをダイレクトに差し込む「2 端子法」を採用し、電圧波形検出には差動増幅器ではなくシングルエンド入力のアンプを使用しています。
容量 333 (33 nF) のコンデンサの 1 kHz でのインピーダンスは約 4.8 kΩ になるので、それに近い 4.7 kΩ を「自動平衡ブリッジ」のフィードバック抵抗に選んでいます。
電圧波形検出のためのアンプは反転型としています。 これは、DUT として 4.7 kΩ の抵抗を差し込むと電流検出と電圧検出の回路が同一になるので、信号処理アプリケーションで L/R ch の差異を較正しやすくなることを狙ったものですが、おそらく他の要因による誤差の方が大きく、期待したような効果は出ていません。
PC 上のアプリケーションの処理のブロック・ダイアグラムを下に示します。

マイコン上での実行とは違い、PC 上で実行させるので処理能力を心配する必要がなく、何も気にせず FFT を使っています。
環境には「妨害信号」として USB のフレーム周波数 1 kHz と電源周波数 50 Hz の 19 次高調波の 950 Hz、20 次高調波の 1 kHz とが存在するので、測定周波数としてはそれらと重ならない約 975 Hz を選んでいます。
実際には、WaveGene の「FFT に最適化」機能を使って、16 K (16384) ポイント FFT に最適化した
  48 [kHz] × 333 / 16384 = 975.586 [Hz]
を使用しています。
この「最適化」により、信号のエネルギがひとつの FFT 周波数に集中するので、その周波数成分を抜き出すだけで非常に狭帯域のフィルタリングが行なえ、直流成分や高調波歪成分の除去が簡単に実行できます。
信号周波数成分を抜き出したら、atan2() 関数により、その信号の位相角を求めます。 そして、L/R ch の信号経路の差による位相差を補正しておきます。
電圧波形を基準にすると、コンデンサでは電流波形が 90° 進んでいることになるので、電流波形の位相角から電圧波形の位相角を差し引いて、両者の位相差を求めます。
キャパシタンス成分のみから構成される理想コンデンサでは、位相差が 90° になりますが、損失のある実際のコンデンサでは位相差が 90° より小さくなるので、90° からの差を求め、tan δ の値を計算します。
δ の値が小さい場合、
  tan(δ) = δ
が成り立つので、特に tan() の計算をする必要はありませんが、tan() 関数の値としては -π/2 〜 π/2 の範囲に「還元」されるので、手間を省くために利用しています。
現在の測定回路を下に示します。

変更点のひとつとしては、SN 比向上のために信号を約 6 倍の 5 Vp-p 程度のレベルまで増幅してドライブし、PC オーディオのライン IN へは約 1/6 に減衰させてレベルを合わせて入力しています。
もうひとつは、電圧波形の検出に非反転のボルテージ・フォロアを使っていることです。
どちらも、あまり効果は見られませんでした。
ポリエステル・フィルム・コンデンサの tan δ のカタログ・スペック値は最大 0.01 程度であり、実力値は 0.003 程度と思われます。 純キャパシタンス成分と損失分とのレベル差はスペック値で 40 dB 程度、実力値で 50 dB 程度になります。
ポリプロピレン・フィルム・コンデンサの tan δ のカタログ・スペック値は最大 0.001 程度であり、純キャパシタンス成分と損失分とのレベル差は 60 dB 程度になります。
60 dB 以上のレベル差のある信号を確実に捕えるためには測定回路の SN 比が 70 dB とか 80 dB とか必要になると考えられますから、ユニバーサル基板に手配線で作成した回路では難しいのかもしれません。