XR2206 (8)

実験の本筋である、リニアリティの測定や、もっと精度の高い歪率測定などには、まだ手を付けていないので、今回は「小ネタ」をいくつか取り上げます。
まず、「半周期休みのランプ波形」となる、タイミング・コンデンサ両端 (5 番ピン、6 番ピン) の電圧の立ち上がり時間は、最低電圧 → 5.26 V、5.26 V → 最高電圧、いずれのトランジェントでも、40 ns 〜 50 ns の程度でした。
リセット時にコンデンサに大電流が流れるリセット型の VCO とは違って、タイミング・コンデンサを流れる積分電流は、電流の向きが半周期ごとに反転するだけで、電流の絶対値は一定しています。
このトランジェントの部分は、トランジスタ・スイッチによって一定の電圧にクランプされる過程なので、タイミング・コンデンサに大電流を流すわけではなく、比較的小さいストレー容量を充電するだけなので、高速に変化できます。
立ち上がりの電圧幅は 750 mV 程度なので、変化速度として、スルーレートの表示形式で表現すると、約 15 V/μs ということになります。
したがって、コンデンサ両端の電圧をバッファして、波形整形して使用する応用では、バッファする OP アンプに、(ゲイン1の場合で) これだけのスルーレートが要求されます。
ゲインが1より大きい場合には、15 V/μs をゲイン倍しただけのスルーレートが必要になります。
もし、OP アンプのスルーレートの方が小さいと、出力波形の変化速度はそのスルーレートで制限され、トランジェントの幅は広くなります。
波形整形した結果の波形で、例えば 100 ns の幅のグリッチ (glitch) があったとして、OP アンプのスルーレート不足でその幅が 1 μs に拡大したとすると、簡単な LPF の付加ではグリッチ除去が十分に行えなくなることが考えられます。

15 番ピン、16 番ピン

データシートの回路図通りだと、シンメトリ調整の 15 番ピン、16 番ピンには定電流回路のトランジスタのエミッタが直接に出ていて、グラウンドに落とすとトランジスタが破壊されるのではないかという懸念がありました。
それを確かめるために、15 番ピン、16 番ピンの開放電圧と、外部抵抗を接続した場合に外部抵抗を流れる電流を測定してみました。 まず、開放電圧は 1.053 V で、

外部抵抗値 電流値
4.7 kΩ 182 μA
10 kΩ 94.4 μA

となりました。
15 番ピン、16 番ピン周辺の回路を下の図のように仮定すると、

図で「R」と記してある抵抗は約 1 kΩ と見積もることができました。
したがって、15 番ピン、16 番ピンを直接グラウンドに落としてもトランジスタが破壊することはないと思われますが、私には実際にやってみる勇気はありません。
また、実際にグラウンドに接続して IC が壊れた場合でも、私は一切責任を持ちません。

正弦波整形回路

前回の記事では、波形調整端子の 13 番ピン、14 番ピンの波形写真を掲載しました。
その後、 13 番ピン、14 番ピンの電圧を外部回路で差動増幅して、XR2206 の出力と比較してみました。
具体的には、TL074 を使ったインスツルメンテーション・アンプ形式の差動増幅回路を構成し、オシロスコープの減算機能を利用して、XR2206 の出力と比較し、差がないことを確かめました。
つまり、 13 番ピン、14 番ピン以降の回路は単なるリニア差動増幅回路であり、非直線性が付加されることはありません。

1 番ピン (AMSI:Amplitude Modulation Signal Input 端子)

XR2206 にはギルバート・セル型の乗算器が内蔵されていて、1 番ピンに与える電圧を変えることにより、出力信号の極性、振幅を変えることができます。
乗算器の入力の片側は Vcc/2 の電圧にバイアスされていて、1 番ピンの電圧が Vcc/2 であればゲインはゼロとなり、Vcc 側、GND 側に向かって電圧を増加していくとそれに比例して出力振幅も変わります。
データシートには、ゼロゲインの Vcc/2 を中心にして、±4 V の範囲で出力振幅が 0 % 〜 100 % の変化をすることを示すグラフが掲載されています。
1 番ピン周辺の内部等価回路を下に示します。

この回路図を見てわかる通り、Vcc=12 V では、Q56 のベース電位は Vcc/2 = 6 V になります。
その状態で 1 番ピンをグラウンドに接続する、つまり Q55 のベースに 0 V を印加すると、差動入力としては -4 V を超え、Q55 は完全にカットオフとなり、Q56 側だけに電流が流れる動作となります。
一方、 1 番ピンを Vcc の +12 V に接続すると、回路は正常な動作とはなりません。
それは、少なくとも Q55 のベース電圧が V_{\rm cc} - 2 \times V_{\rm BE} 以下でなければ、Q51 〜 Q54、D51、D52 の V_{\rm BE} が確保できないからです。
1 番ピンに例えば 10 kΩ 程度の抵抗を直列につないでから Vcc に接続すると、ベース電流を増大させて Q55 が飽和しながらも Q51 〜 Q54、D51、D52 の V_{\rm BE} を確保する働きをするので、一応の動作はします。
Vcc=12 V で実測すると、このクリップする点は 9 V ちょっとのところで、期待される (Vcc/2) + 4 = 10 V より低く、 1 番ピンの電圧を Vcc 側へ引っ張る方向では 100 % の振幅は得られないことが分かります。
振幅変調が必要なく、常時 100 % の出力が得られれば良い場合には、 1 番ピンはグラウンドに接続するのが得策です。
0 〜 100 % の振幅変調が必要な場合には、 1 番ピンの電圧を Vcc/2 から GND 側に引っ張る方式にするのが良いでしょう。
±100 % の振幅変調/平衡変調が必要な場合には電源電圧 Vcc をもっと上げて、クリップされる点を (Vcc/2) + 4 より高い電圧にする必要があります。

のこぎり波の発生

3 番ピン周辺の「OTA」式による出力回路を見ていると、いかにも、のこぎり波をこの機能を使って作ってくださいと言っているように見えます。
実際、外部の部品として抵抗/可変抵抗を使うだけで、のこぎり波を発生させることができます。 ただし、その場合には三角波も正弦波も同時には得ることはできません。
のこぎり波の生成は、次のようにして行います。

  1. 11 番ピンの方形波出力を加工し、Vcc/2 を基準として正負両側に等しく振れる方形波を作る。

  2. その方形波を 1 番ピンに入力し、三角波を、倍周波数のランプ波形に変換する。

  3. 3 番ピンの負荷抵抗のバイアス電圧に方形波を加え、倍周波数のランプ波形ふたつで、のこぎり波1周期分を作る。

図で書くと下のようになります。

1番上が方形波、
2番目が三角波
3番目が方形波で極性反転して作った倍周波数のランプ波、
4番目が1番目と3番目を (スケールを調整して) 足し合わせて作った、のこぎり波です。

回路を示すと、たとえば次のようになります。 のこぎり波発生に関する接続だけを示しています。

調整方法としては、

  1. VR3 は Vcc/2 側いっぱいに回し、VR4 を調整して出力波形を適当な大きさにする。

  2. VR1 で方形波が「H」の時の倍周波数のランプ波形の大きさが最大になる点に調整する。

  3. VR2 で方形波が「L」の時の倍周波数のランプ波形の大きさが (2.) の大きさと同じになるように調整する。

  4. VR3 で、のこぎり波がうまくつながるようにする。

  5. 振幅が大きすぎる場合には VR4 で調整し、(4.) の調整に戻る。

という手順になります。
実用的に、のこぎり波と三角波を切り換えて使いたい場合には、CD4052 等のアナログ・スイッチを使って設定が切り替わるような回路にする必要があると思います。
波形写真については後日載せたいと思います。