BBD コーラス (10) -- 逆数特性の VCO (5)

前回は、固定周波数のリセット型発振回路としての働きまでを説明しましたが、今回は、逆数特性の VCO としての機能を持たせる部分について説明します。
具体的には、下の図の (A) に示す、D1 より左側の部分の回路です。
回路としては、エミッタフォロアのエミッタ負荷抵抗を分割して、制御電圧を分圧した電圧を出力し、Vbot をコントロールするようになっています。
実際には、制御入力電圧に LFO三角波が入力され、その周波数は数十 Hz 以下と低く、直流に近いので、コンデンサ C21 (103 = 0.01 μF) はないものとして直流付近のふるまいを考えます。

トランジスタの性質から、ベースに直列に接続された 220 kΩ (R35) は、値を 1/(hFE + 1) 倍してエミッタ側に移動することができ、hFE を 200 とすると、図 (B) のように約 1.1 kΩ となります。
トランジスタ Q4 のベース・エミッタ間電圧を VBE4 とすると、図 (C) のようにテブナン等価回路で表現でき、理想電圧源の電圧は
(VIN - VBE4) * 0.448
となります。
入力電圧の最大値を 9 V、VBE4 を 0.6 V とすると、
(9 - 0.6) * 0.448 = 3.76 [V]
が最大電圧となります。
同様に、内部抵抗は約 2.6 kΩ となります。 これには、エミッタ電流に反比例する (エミッタ電流 1 mA に対し約 26 Ω) エミッタ微分抵抗の寄与は含めてありません。
また、実際には、この電圧へのクランプは 100 kHz オーダーの発振周波数に対して行われるので、Q4 のベース電流は主に C21 から供給される形となり、エミッタ側に追加される 1.1 kΩ の抵抗値は、もっと低くなります。
図 (C) に示すように、C22 のホット側にはダイオード D1 を介して接続されています。
ホット側電圧が (Vcc / 2) より大きいことが確定しているリセット期間では、ダイオード D1 は逆方向バイアスとなり、電流は流れず、ホット側に影響を与えません。
リセット期間が終了してインバータが反転し、「積分」期間に入ってホット側電圧が
VCC / 2 - VCC = 4.5 [V] - 9 [V] = -4.5 [V]
まで低下する時点でダイオード D1 が順方向バイアスとなり、前述の約 2.6 kΩ の等価抵抗を通して電流が流れ、C22 をクランプ電圧まで比較的急速に充電することになります。
150 kΩ の R38 による充電も同時に行われますが、抵抗値の比は
150 [kΩ] / 2.6 [kΩ] = 58
と大きく、入力電圧へのクランプは積分期間のごく初期に完了することになります。
これで、下の図に示す CE-2 / CE-3 の VCO 回路の全部の説明が済みました。

下の図に示す回路で LTSpice シミュレーションを行いました。

実際の回路の波形を再現するのではなく、なるべく理想的な波形を得ることを目的としています。
使っているのは LTSpice 組み込みのインバータであり、電源 / GND レイルへクランプする保護回路は入っていませんから、外部に 1N4148 による回路を設け、接続する抵抗値を 1 mΩ (ほぼ直結) と、10 MΩ (ほぼオープン) と変えてシミュレーションした結果のグラフを下に示します。
リセット期間付近を拡大してあります。

上段は C22 両端の電位差、中段は C22 のホット側の波形、下段はインバータ 2 の出力 (C22 の コールド側) の波形です。
それぞれ、青色のトレースが VCC / GND レイルへクリップしない場合、赤色のトレースがクリップした場合のものです。
クリップすると発振周波数に影響を与え、周波数が低くなるので、波形はクリップしない場合に比べて右側 (時間的に遅い方) に位置します。
上段の C22 両端の波形を見ると、VCC / 2 = 4.5 V に達してリセットされるまでは、ゆっくりと電圧が上昇しています。
中段の青色の線のクリップなしのホット側の波形を見ると、

  • リセット開始で 13.5 V まで電圧が急上昇し、
  • その後は直線的に電圧が降下していき、
  • 4.5 V に達するとリセットが解除され、
  • 電圧が -4.5 V 付近まで急下降し、
  • 入力電圧によるクランプ電位まで、1 次 RC 回路のステップ応答のエクスポネンシャル・カーブで比較的急激に変化している

ことが読み取れます。
また、ダイオード・クリップがある状態の赤色の線では、ダイオードの順方向電圧降下を VF として、電圧の上限と下限が、それぞれ、
VCC + VF = 9 + 0.6 = 9.6 [V]
0 - VF = -0.6 [V]
程度になっていることが分かります。
ダイオード・クリップがある状態の波形を、もっと詳細に示したのが下の図です。

最後に、インバータにアンバッファタイプの MC14007UB を使いブレッドボード上に実際に組んだ実験回路の出力波形写真を示します。

上のトレースが C22 のホット側の波形で、下のトレースがインバータ 2 の出力波形です。
200 kHz 程度を発振させています。
下の写真は、リセット期間付近の拡大です。

アンバッファタイプのインバータを使っているので、インバータ出力のトランジェントは遅く、理想的な波形に比べ、なまった感じになっています。 
それに対応して、ホット側の波形も、あまり急峻な変化はしていません。
電源レイルへのクリップも、あまり明確には出ていません。
ホット側波形だけを観測した写真を下に示します。

リセット期間周辺だけでなく、1 周期全部が見えるように時間軸を設定した写真を下に示します。

入力電圧へのクランプが終了した後の、R38 による積分の波形が、ほぼ直線に見えています。
本来は、1 次 RC 回路なので、エクスポネンシャル・カーブで変化しますが、クランプ電圧が VCC / 2 に近く、「振幅」が小さいのでエクスポネンシャルによる「曲がり」をあまり感じない状態となっています。
入力電圧を下げて、周波数を低くすると、「曲がり」が認められます。