アナログシンセの VCO ブロック (44) -- マルチ出力アンチログ回路(1)

このところマイコンのプログラムばかり作っていましたが、久々にアナログシンセ回路の実験をしています。
それは、

  • CA3046、TD62507、TD62501 などのトランジスタ・アレイを使い
  • CV として MIDI2CV からの PWM 信号 (ディジタル値) でドライブする
  • 温度補償抵抗 (TEMPCO) を使わずに温度補償を実現した
  • 3.3 V 単電源で動作する
  • 多出力のアンチログ回路 (TD62501 の場合 5 出力、CA3046 および TD62507 の場合 3 出力)

です。
ブレッドボード上に回路を組んで、基本的な回路動作は確認しています。 まだ、精度や、詳しい温度特性については測定していません。
用途としては、

  • モノシンセの複数 VCO
  • 1 VCO 構成のポリシンセ
  • VCO と VCF のアンチログ回路を同一ブロックから供給

などを考えています。
まず、定番の、エミッタを共通にしたアンチログ回路を下に示します。

OP アンプ A2 により、トランジスタ Q1 に一定の基準電流 (IREF) を流し、Q1 と Q2 のベース間には OP アンプ A1 でレベルを整えた CV を加えています。
Q1、Q2 の特性が等しく、Ebers-Moll モデルにしたがう理想的なトランジスタとすると、Q1 のベース電圧 Vb1 = Vin として、アンチログ出力電流 Iout は下の式で表されます。
\quad\quad  {I_{\rm out}}  = I_{\rm ref} \, \cdot \, \exp \left [ -V_{\rm in} \, \cdot \, \frac{\rm q} {{\rm k} T} \right ]
指数関数の引数として、q/(kT) の因子が含まれており、これは絶対温度 T に依存する量となっています。
その温度依存性をキャンセルするために、TEMPCO を導入して、Vin絶対温度 T に比例するようにしています。
ここで、もし Vin = 0 ならば、
\quad\quad  \exp \left [ 0 \, \cdot \, \frac{\rm q} {{\rm k} T} \right ] = \exp(0) = 1
と表され、絶対温度 T に依存せず Iout = Iref となります。
矛盾するようですが、何らかの方法で CV 入力から、目的の出力電流 Iout を与える Vbe の値を合成できれば、絶対温度 T に依存しないアンチログ回路ができることになります。
実験中の回路の動作原理を示すブロック図を下に示します。

簡単のため、アンチログ出力は 2 系統のみ示しています。
ここでの回路では、トランジスタは直接にはペアにせず、基準電流を流すトランジスタの Vbe を単独に取り出しています。
そして、その基準電流は、アンチログ出力電流の可変範囲の最小値と、最大値の計 2 種を用意しています。
最低の音程に対する最小電流と、最高の音程に対する最大電流とに対する Vbe をそれぞれ、Vbe(MIN)、Vbe(MAX) と呼ぶことにすると、それらの中間にあたる音程に対しては、Vbe(MIN) と Vbe(MAX) の間の「線形補間」で合成できることになります。
この「合成」を MIDI2CV の PWM 出力 (ディジタル値) でスイッチングされるアナログスイッチで行い、LPF で時間軸方向に平均化して出力側のトランジスタのベースをドライブしています。
PWM 出力はディジタルですから、そのデューティー比はきわめて正確ですし、温度に依存しません。
PWM のデューティー比 (0 〜 1) を「duty」とすると、合成される Vbe は、
\qquad\qquad\begin{eqnarray} V_{\rm be} &\,=\,& (1 \,-\, {\rm duty}) \,\cdot \,V_{\rm be(MIN)} \,+\, {\rm duty}\, \cdot \, V_{\rm be(MAX)} \\ & \quad & \\  &=&V_{\rm be(MIN)} \,+\, {\rm duty}\, \cdot \, \left{ V_{\rm be(MAX)}  \,-\, V_{\rm be(MIN)}\right} \end{eqnarray}
となります。
MIDI2CV からドライブすることを考えているので、音程の範囲は、MIDI ノート番号 0 (8.176 Hz) から MIDI ノート番号 127 (12.544 Hz) の範囲ですが、存在しない MIDI ノート番号 128 (13.290 kHz) に相当する最大基準電流を設けています。
これは、PWM 周期は 2 のべき乗に選ぶのが得策なので、MIDI ノート番号 127 に対しては、(デューティー比) = (127/128) として実現するためです。
最大電流と最小電流との比は、
\qquad\qquad 2^{(128/12)} \,=\, 1625.5
となるので、最大電流を約 1 mA に選ぶと、最小電流は約 0.6 μA になります。
この方式では、すべてのトランジスタのエミッタはグラウンドに接続されるので、5 素子独立型のトランジスタ・アレイ TD62507 だけではなく、コモン・エミッタ構成の TD62501 (7 素子) も利用できます。
また、CA3046 では、内蔵されている 5 個のトランジスタのうち、1 個のエミッタがサブストレートに接続されており、その端子を回路中の最低の電位に接続しなければならず、自由度が低くて使いにくいため、一般的な応用では、そのトランジスタは利用されないことも多々ありました。
ここでの回路では、すべてのトランジスタのエミッタは同電位のグラウンドに接続すればよいので、5 個すべてのトランジスタを活用できます。
TD62501 では 7 素子のうち 2 素子を基準電流回路に使用するので、残りの 5 素子をアンチログ出力として利用できます。
CA3046、TD62507 では 5 素子内蔵されているので、アンチログ出力としては 3 出力利用できます。
実験中の回路を下に示します。

出力は 2 系統だけ示してありますが、実際の回路はブレッドボード上に 1 系統だけ組んであります。
原理図とは違って、Vbe のバッファアンプは設けず、定電流回路の OP アンプでドライブしています。
この回路の説明は次回に行います。