PIN フォトダイオードによるガンマ線検出回路 (7)

今回の実験回路の波形整形は、簡易的な方法で行っていますが、それを説明する前に、Maxim のアプリケーション・ノート AN2236 の回路を題材に、もうちょっと「ちゃんとした」方法について、LTSpice によるシミュレーションで示したいと思います。
Spice シミュレーションで求めただけで、実際の回路で確かめたわけではありません。
まずは、シミュレーション結果の波形を下に示します。

上段の緑色の線が初段のチャージ・アンプ出力で、下段の青色の線が AN2236 オリジナルの回路の出力で、赤色の線が回路定数を一部変更した回路での出力です。
前にも述べたように、今回の実験回路とは極性が逆になっており、初段のチャージ・アンプ出力はプラス側に振れ、パルス出力はマイナス側に振れています。
青色の線の、AN2236 オリジナルの出力のように、プラス側にもマイナス側にも振れる波形は「バイポーラ・パルス」と呼ばれています。
これは、回路が AC 結合、つまり、直流を通さない場合には当然の結果です。
波形がプラス側に振れたのなら、波形は必ずマイナス側にも振れないと、出力波形の時間平均、つまり DC 成分はゼロになりません。
これに対して、赤色の線のような、ベースラインからマイナス側にだけ、あるいはプラス側にだけ振れる波形は「ユニポーラ・パルス」と呼ばれています。
当然、完全なユニポーラ・パルスは、フィルタ部分が直流を通過させるか、あるいは直流再生回路などの付加回路がないと実現できません。
後に示すように、フィルタ部分で直流をカットしているので、実際は、赤色の線は、ベースラインに戻った後、わずかにプラス側に数 mV 振れています。
ユニポーラ・パルスのメリットとしては、ベースラインへ速やかに戻るので、線量が多くて高計数率となり、パルス間隔が狭くなった場合でも「パイルアップ」することが少ないことがあげられます。
「パイルアップ」とは、前のパルスの後縁の変化が収束しないうちに次のパルスが到着し、積み重なってしまうことで パルス波高に影響を及ぼすことをいいます。
上の図で言うと、赤色のユニポーラ・パルスでは、20 μs も経過すればレベルはゼロになり、次のパルスが来ても波高に影響を及ぼしません。
一方、青色のバイポーラ・パルスでは、80 μs 程度までは、前のパルスの影響が残っています。
AN2236 は、パルスをカウントするための回路で、波高を問題にしている訳ではありませんが、ここでは、これを題材にして、ユニポーラ・パルスへ整形するための回路の変更のシミュレーションを行っています。
LTSpice に入力する回路図を下に示します。

フォトダイオードをシミュレートする電流源まわりに、ノイズ解析のための電圧源を挿入してあります。
回路の変更点は、47 kΩ の抵抗一本と、無極性 (ノンポーラ/バイポーラ) タイプの電解コンデンサ 4.7 μF (以上) を 2 個追加します。
下の図に、AN2236 の回路図に対する変更点をまとめました。
青色の破線で囲んだ部品を追加します。

4.7 μF のコンデンサは、OP アンプのオフセット電圧が次々に増幅されないように、単に直流をカットする目的のためで、特定の周波数に対するハイパス・フィルタを構成するものではありません。
値としては、1 μF では小さすぎ、できれば 10 μF 以上が望ましいです。
コンデンサ両端の電位差は、ほとんどゼロなので、無極性タイプの電解コンデンサを使うことになります。
この程度の容量であれば、積層セラミック・コンデンサも使えますが、マイクロフォニック・ノイズが気になります。
追加した 47 kΩ の抵抗と、もとの 1 kΩ と 1000 pF とで、「ポール・ゼロ・キャンセル回路」を構成しています。
AN2236 のフィルタ部分は、1 段の HPF 部も、3 段の LPF 部も、フィルタの時定数は 1 μs に設定されています。
それに対し、初段のチャージ・アンプ部は C1 = 4.7 pF、R2 = 10 MΩ ですから、時定数 47 μs の 1 次 LPF と見なせます。
したがって、チャージ・アンプ部の伝達関数は 1 次の極 (ポール) を持つことになり、この影響が、パルス出力の後縁部分が正負に振れる形となって現れます。
そこで、このポールを、伝達関数の分子にゼロ点を持つ回路でキャンセルするのが「ポール・ゼロ・キャンセル回路」です。
実際の回路では、C1 = 4.7 pF といっても、ストレー容量が加わるので、うまくキャンセルするには、47 kΩ を大きくする方向で調整する必要があります。
ポール・ゼロ・キャンセルにより、出力がユニポーラ・パルスとなり、パルスの波高が大きくなるのはメリットですが、反面、デメリットもあります。
それは、アンプ部で通過させる帯域が広くなるので、ノイズの量も増えることです。
LTSpice のノイズ解析機能を使って、AN2236 オリジナル回路のノイズ・スペクトルを求めたのが下の図です。

肝心のフォトダイオードの暗電流によるノイズは全くモデル化していないので、OP アンプ回路部だけの影響を見ていることになります。
フィルタ部のバンドパス特性がそのまま現れています。
LTSpice の波形ビューアーの機能 (プロットの信号名を ctrl + 左クリック) で求めたノイズ・レベルの rms 値は、約 7.5 mV です。
下の図は、ポール・ゼロ・キャンセル回路を追加した場合のノイズ・スペクトルです。

約 10 kHz 以下の部分の平坦部は、ポール・ゼロ・キャンセルの 47 kΩ により注入された成分によるもので、約 100 Hz 以下の部分が減衰しているのは、4.7 μF のコンデンサによる直流カットの影響です。
ノイズ・レベルの rms 値は、約 8.2 mV となり、増加しています。
前回述べたように、フォトダイオードの空乏層以外の部分に発生した電荷の収集には時間がかかるので、AN2236 オリジナル回路の 1 μs 時定数のフィルタでは変化が速すぎる可能性があります。
そこで、フィルタの時定数を 10 倍の 10 μs にした回路も試して見ました。
シミュレーション結果を下に示します。

青色の線が AN2236 オリジナル回路で、赤色の線がフィルタ時定数 10 μs に選んだ場合の出力パルスです。
約 30 μs でピークに達し、150 μs 程度でベースライン付近に落ち着きます。
直流が通らないので、実際は、+5 mV 程度、正の側に振れています。
回路の変更部分を下に示します。

青色の破線で囲んだ部分が、追加および変更箇所で、

  • 3.6 kΩ 1 本、10 μF 2 個追加
  • 100 pF → 1000 pF 3 個変更
  • 1000 pF → 0.01 μF 1 個変更

の合計 7 ヵ所です。
ノイズ・スペクトルを下に示します。

数 10 Hz から数 kHz までのノイズが「素通し」という感じになっています。
ノイズ・レベルの rms 値は、約 14.3 mV で、オリジナル回路の約 2 倍になっています。
パルス波高の比は 2 倍に達していませんが、パルスの変化はゆっくりになっているので、信号としては扱い易くなっていると思います。