PIN フォトダイオードによるガンマ線検出回路 (6)

以前の記事で、オシロでアンプの出力パルスを観察すると、パルスが「太い」ものが混じっていることについて書きました。
どうも、これは、フォトダイオードの性質によるものらしいことが分かりました。
そこで、アンプのフィルタ部の回路定数を変更し、パルスの立ち上がりを遅くして、精度を上げるようにしました。
まず、ガンマ線光子が相互作用する場所によって、パルス波形に変化が生じることから説明します。
下の図は PIN フォトダイオードの簡略化した構造です。

緑色の線は、入射したガンマ線光子の飛跡を表しています。
アノード側にマイナス、カソード側にプラスとなる電位を与えて、ダイオードを逆バイアスしたと仮定します。
このとき、空乏層 (depletion layer) が、左の図の破線で示した位置からアノード側に広がっているとします。
PIN 構造の「I」は intrinsic、つまり「真性半導体」のことで、不純物によるキャリアを含まない純粋な半導体のことです。
しかし、実際には、いくら純粋といっても不純物は多少なりとも含まれ、完全な i 型半導体とはならず、ごく弱い n 型か、ごく弱い p 型になります。
図の構造の場合には、ごく弱い n 型を使うことになります。
したがって、逆バイアスにより、本当にキャリアが出払った空乏層と、ごく弱い n 型の i 層とでは抵抗率に差が生じ、逆バイアス電位のほとんどは空乏層にかかることになります。
したがって、空乏層内には強い電場が生じ、光子との相互作用で生じた電子・正孔対は強い力で引っ張られるので速い速度でアノード側、カソード側それぞれの電極に移動していくことになります。
一方、空乏層化していない、上の図の破線より下側の部分では、電場はそれほど強くならず、生じた電子・正孔対は、ゆっくりとした速度でしか移動しないことになります。
その結果、光子との相互作用で生じた電子・正孔対がすべて空乏層内に存在する場合には、最も速く出力が変化することになります。
反対に、電子・正孔対が、すべて空乏層の外に位置する場合には、最も遅く出力が変化します。
発生したすべての電荷を収集するのに時間がかかる場合、その時間幅より幅の狭いパルスに整形してしまうと、すべての情報が揃う前に出力パルスがピークに達することになり、誤差が生じることになります。
そこで、パルスの立ち上がりを遅くして、遅く来た電荷の寄与も取り込むようにしました。
ちなみに、空乏層の厚みは、単位面積あたりの端子間容量から計算で求められ、S2506-02 では、データシートのグラフから読み取ると、受光面積は 7.7 mm2で、逆電圧 20 V 程度の場合に容量 10 pF 程度ですから、空乏層厚は約 80 μm となります。
一方、外形図には、パッケージ表面からリードフレームまで 1.4 mm、パッケージ表面から受光面まで 1.1 mm と記述されているので、ダイの暑さは約 0.3 mm (300 μm) と考えられます。
したがって、空乏層化されていないバルク領域の暑さは 220 μm 程度あると思われます。
浜松ホトニクスの Si PIN フォトダイオード製品には大面積のシリーズがあって、たとえば、S3584 は受光面が 28 mm x 28 mm、端子間容量が逆バイアス電圧 70 V の場合に 300 pF となっています。
データシートには、空乏層厚が 0.3 mm で、逆バイアス電圧の絶対最大定格が 100 V と書かれています。
端子間容量のグラフを見ると、逆バイアスが 100 V 付近で容量が飽和しており、計算でも空乏層厚が 300 μm に達するので、S3584 は逆バイアス 100 V 程度で半導体ダイ全体が空乏層化するものと思われます。
S2506 や S6775 の逆バイアスの絶対最大定格は 35 V ですが、計算してみると、i 領域の純度は S3584 より低いので、調子に乗って高電圧をかけると壊れると思います。
長くなってきたので、回路図などは次回に回し、LTSpice シミュレーション結果の波形だけを下に示します。

青の波形が従来の回路の出力で、赤の波形が、今回の回路の出力パルスです。