PIN フォトダイオードによるガンマ線検出回路 (2)

今回からは、主に LTSpice を使って回路動作を見ていきます。
まず、初段のいわゆる「チャージ・アンプ」部の回路を下に示します。
(a) が、ここでの実験回路、(b) が MAXIM アプリケーション・ノート AN2236 の回路で、それぞれ動作の原理を示すために簡略化して記述しています。

(a) は、フォトダイオードの本来の目的である、光センシングのための I-V (電流-電圧) 変換回路、あるいはトランス・インピーダンス・アンプ (TIA) と同じ構成となっています。
ただし、OP アンプの帰還抵抗と帰還容量の役割は、通常の光の場合と、ガンマ線検出とでは、大きく異なっています。
通常の「光検出」の目的では、光子 (フォトン) ひとつひとつを時間的に分離して認識することはせず、連続光の強度に対応してフォトダイオードから時間的に連続して発生する電流値、あるいは変調された光の強度に対応して発生する電流値を計測しています。
そのため、フォトダイオードから流れ出す電流のほぼ 100 % が OP アンプの帰還抵抗部分に流れるような構成にして、電流-電圧変換を行います。
この帰還抵抗の大きさで変換ゲインが決まり、また、発振などの不安定要素を取り除くために帰還容量で高域のゲインを落としています。
もちろん、信号帯域を広くとるためには帰還容量は小さいほうが良いわけです。
したがって、帰還抵抗の働きが回路動作の「メイン」であり、帰還容量は「発振止め」といった「サブ」の要素となっています。
これに対し、ガンマ線検出回路では、入射するガンマ線の本体である光子を 1 個 1 個分離して検出するのが目的となっています。
可視光に比べて高エネルギーであるガンマ線の光子と、シリコン結晶との相互作用により、失った光子のエネルギー約 3.6 eV あたり 1 対の電子-正孔対が生じます。
この電子-正孔対が、フォトダイオードの PN 接合、あるいは P-I-N 接合の空乏層にかかるポテンシャルに引かれて分離して、それぞれ別の端子にまで移動して、外部に電流として流れ出していきます。
光子が失ったエネルギーに比例するのはシリコン結晶内で発生した電子-正孔対の「電荷」の量ですから、単に「電流-電圧」変換したのでは正しい値とはなりません。
したがって、フォトダイオードから発生するインパルス電流を積分して電荷の量に比例する電圧を得るようにしなければなりません。
OP アンプと帰還容量とで積分器を構成し、フォトダイオードから発生するインパルス電流を、ほぼ全て帰還容量に蓄積するようにします。
Q = C V ですから、帰還容量が小さいほど、出力電圧は大きくなります。
したがって、回路が許す限り、帰還容量を小さく取ります。
この「完全積分器」の構成だと、ガンマ線検出のたびにステップ状に電圧が積み上がっていき、そのままでは最後には OP アンプが飽和してしまいます。
そのため、何らかの方法で「リセット」して、積分器の出力電圧を一定の範囲に保つ必要があります。
本当に「リセット」する方式も使われていますが、その場合は、後段の回路で必要な処理を施した後に、システム的に「リセット」信号を発生させ、積分器をコントロールしています。
システムからリセット信号の供給を受けずに、「プリアンプ」自体で完結するために、「不完全積分器」または「漏れのある積分器」(leaky integrator) と呼ばれる構成が良く使われます。
これは、具体的には、積分器の積分容量に高抵抗を並列に接続し、(せっかくコンデンサにチャージした) 電荷を、(あえて) ゆっくりと放電させるものです。
積分器の電圧出力は、インパルス電流入力で急速に立ち上がった後、エクスポネンシャルで減衰していきます。
この構成は、実際には、上の図の (a) のような形となります。
ここで回路動作の「主役」は帰還容量であり、帰還抵抗の方は「脇役」ということになります。
帰還抵抗は、脇役とは言え、

  • OP アンプの反転入力の DC バイアス源
  • フォトダイオードの暗電流の DC 電流経路
  • leaky integrator のリーク経路

という複数の役目を果たしています。
上の図の (b) の AN2236 の回路では、フォトダイオードと OP アンプとを直結せず、コンデンサを介して AC 結合している点が (a) の回路との最大の違いです。
このコンデンサにより、フォトダイオード側と、OP アンプ側とで、互いに異なる DC レベルの設定にすることができます。
通常の「光検出」の場合でも、変調光の検出だけが必要で DC 成分を検出する必要がなければ、このような構成がとられることがあります。
ガンマ線検出目的には、フォトダイオードに大きな逆バイアス電圧をかけて、空乏層を厚くしてガンマ線の検出領域を増やすと同時に、端子間容量を減らすことが重要です。
そのため、低電圧動作の OP アンプを使う場合でも、フォトダイオード側には高電圧をかける必要がありますから、(b) の AC 結合で両者の電源系統を分離できる方式が有利となります。
(b) の R1 の 10 MΩ の抵抗は、フォトダイオードの「負荷抵抗」のように見えますが、実際には、前にあげた「フォトダイオードの暗電流の DC 電流経路」の機能が独立したものです。
コンデンサによる AC 結合では、フォトダイオードの暗電流の直流分を通過させることはできないので、R1 によって DC 分の電流経路を確保します。
ガンマ線によるインパルス電流の成分は、結合コンデンサを介して OP アンプ側に流れるので、パルス応答を問題にする範囲では、直流成分が通らないことによる不都合は生じません。
そのため、暗電流による電圧降下が問題にならない範囲で R1 の値を大きくすることができます。
(a) の回路図で青の破線で囲んだ部分は、微少な信号の経路となっていて、ノイズに敏感な部分です。
OP アンプの反転入力端子、フォトダイオードのアノード側、10 MΩ の片側、2 pF の片側です。
2 端子素子の、もう片側の端子は低インピーダンスの電位に接続されるので、そちら側は、それほど敏感ではありません。
(b) の回路では、抵抗 1 本、コンデンサ 1 個が増えるのにともない、図で青色の破線で囲んだ敏感な部分も多くなっています。
ここで、結合コンデンサ 103 (0.01 μF) は両方の端子が (もちろん本体も) ノイズに敏感となっています。
次回は、2 段目以降の BPF 部分と LTSpice シミュレーションについて述べます。