アナログシンセの VCO ブロック (34) -- 温度補償回路(4)

今回は、差動増幅器を使って、ゲインが絶対温度に比例するアンプを (近似的に) 実現できる原理の説明をします。
まず、以前の記事でも示した、エミッタ結合型の普通のアンチログ回路を示します。

CV は (減衰させた上で) 差動ペアのベース間に供給します。 約 18 mV で 1 オクターブの音程になります。
OP アンプによるフィードバック回路で、R_{\rm ref} での電圧降下が一定になるように保たれ、結果としてトランジスタ Q1 のコレクタ電流 I_{\rm c1} が一定になります。

差動増幅器による温度補償回路を示すと下の図のようになります。

回路構成はアンチログ回路と良く似ています。
アンチログ回路ではトランジスタに定電流を流すために使われていた OP アンプは、この場合、信号入力電流 (CV 入力) とコレクタ電流を一致させるために使われています。
トランジスタ Q1/Q2 はどのように定義してもいいのですが、アンチログ回路と合わせて、ベース間の電圧を正に振った場合にコレクタ電流が減少するほうを Q1、増加するほうを Q2 としています。

この回路の差動ペア部分だけを抜き出したのが下の図で、今後はこの図をもとに説明していきます。

この回路で、差動ペアのベース間にかける電圧 V_{\small\rm S} と各トランジスタのコレクタ電流 I_{\rm c1}I_{\rm c2} の間には、
\qquad\qquad  \frac{I_{\rm c2}}{I_{\rm c1}} = \exp \, \left ( \frac{V_{\small\rm S}}{V_{\small T}} \right) \qquad \qquad \cdots\, \cdots\, \cdots\qquad \text{(1)}
の関係が成り立っています。
ここで、V_{\small T} は、温度を絶対温度 T で表したときの熱電圧、
\qquad \qquad V_{\small T} = \frac{k \cdot T}{q}
です。 (kボルツマン定数q は電気素量)
I_{\rm c} に関する式には指数関数の「肩」に乗る値として 1/V_{\small T} が含まれています。
欲しいのは絶対温度 T にゲインが比例する回路なので、一見すると、その用途には使えないように見え、ずっと差動増幅回路で絶対温度スケーリングはできないものと思っていました。
まず、最初に、
\qquad \qquad x \equiv \frac{V_{\small\rm S}}{V_{\small T}}
と置いて、x に関して計算を進めていきます。
前述の (1) 式を x で書き直すと、
\qquad\qquad  \frac{I_{\rm c2}}{I_{\rm c1}} = \exp (x) \qquad \qquad \cdots\, \cdots\, \cdots\qquad \text{(2)}
となります。
一方、絶対温度に比例する形の出力電流 I_{\rm c1} が欲しいわけですから、入力電流 I_{\rm c2} に熱電圧と、技巧的ですが比例定数 A, V_{\fs1\rm S} を掛け合わせ、
\qquad\qquad  I_{\rm c1} = I_{\rm c2} \cdot \frac{V_{\fs1 T}}{A \cdot V_{\fs1\rm S}}
\qquad\qquad  \frac{I_{\rm c2}}{I_{\rm c1}} =  A \cdot \frac{V_{\fs1\rm S}}{V_{\fs1 T}} = A \cdot x \qquad \qquad \cdots\, \cdots\, \cdots\qquad \text{(3)}
と表現します。
この (3) 式は欲しい特性の理想式であり、(2) 式は差動増幅回路での実際の特性の式になります。
この両者が、ある絶対温度 T0 で一致し、その温度に対応する x_0 の周辺で近似的に等しいと見なせるものとします。
(2) 式と (3) 式の右辺どうしを等しいと置けば、
\qquad \qquad \exp(x) = A \cdot x  \qquad \qquad \cdots\, \cdots\, \cdots\qquad \text{(4)}
となります。
未知数は Ax_0 のふたつですから、値を定めるためには式がもうひとつ必要になります。
そのため、x_0 で値が一致するだけでなく、傾きも一致することをもうひとつの条件にします。
(2) 式と (3) 式の右辺を x微分したものを等しいと置いて、
\qquad \qquad \frac{d}{dx} \left[ \exp(x) \right] = \frac{d}{dx} \left[ A \cdot x \right]
\qquad \qquad \exp(x) =  A   \qquad \qquad \cdots\, \cdots\, \cdots\qquad \text{(5)}
(4) 式と (5) 式を連立させて解くと、
\qquad \qquad  \begin{cases}x_0 = 1 \\ A = \exp(1) = e = 2.71828\ldots\end{cases}
となります。
\qquad \qquad x_0 = \frac{V_{\fs1\rm S}}{V_{\fs1 T0}} = 1
より、
\qquad \qquad V_{\fs1\rm S} = V_{\fs1 T0}
となります。 つまり、近似の中心となる絶対温度 T0 での熱電圧 V_{\fs1 T0} を差動ペアのベース間の電圧 V_{\fs1\rm S} として与えればよいことになります。
たとえば、27℃ は約 300 K ですから、これを T0 とすると、熱電圧 V_{\fs1 T0} は 25.9 mV となり、これを V_{\fs1\rm S} として与えます。
定常状態で筐体内の温度が約 40℃ 程度まで上がると仮定すると、絶対温度では約 313 K となり、熱電圧は約 27 mV となります。
これが回路図中に登場する「27 mV」の正体です。
また、入出力電流比 I_{\rm c2}/I_{\rm c1}自然対数の底の値 2.71828... ですから、出力電流 I_{\rm c1} は入力電流 I_{\rm c2} の約 1/3 ということになります。
入力抵抗が 100 kΩ の 1 V/oct の CV 入力に 10 V かけた場合に入力電流 I_{\rm c2} は 100 μA になりますが、出力電流 I_{\rm c1} は 30 数μA になります。