アナログシンセの VCO ブロック (37) -- 温度補償回路(7)

SSM2164 のゲインセルの差動ペアのベースには、VCA としてのコントロール電圧入力端子 Vc に外部から加えられる電圧を内部の抵抗で 1/10 に分圧したものが与えられています。
前回の「差動ペアのベースに接続されている抵抗」とは、この分圧回路の 4.5 kΩ と 500 Ω のことです。
差動ペアの残りの片割れの方のベースは、4.5 kΩ と 500 Ω の並列抵抗値である 450 Ω を介してグランドに落とされています。
このベース抵抗の存在が特性に影響を及ぼしています。
シミュレーション上では抵抗値をいじって影響を少なくすることが可能ですが、実際のチップでは変えようがないので何か別の手段で補正することを考えなくてはなりません。
まず、このベース抵抗が特性に影響を与えることを説明します。
以前の記事 (→こちら) で触れたように、ベースにつながる抵抗分 R_{\fs1\rm B} は、値が R_{\fs1\rm B}/(h_{\fs1\rm FE}+1) となるエミッタ抵抗 R_{\fs1\rm E} を挿入し、R_{\fs1\rm B} はゼロにしたものと等価になります。
差動ペアについて書くと、下の図のようになります。

R_{\fs1\rm B1}R_{\fs1\rm B2} はともに 450 Ω、h_{\fs1\rm FE} はともに 100 程度と仮定すると、 ベース抵抗はゼロにして、エミッタに 450/100 = 4.5 Ω 程度を挿入したのと等価になります。
このエミッタ抵抗を流れるエミッタ電流により電圧降下が生じ、差動ペアの理想トランジスタ部分に加えられる V_{\fs1\rm BE} の値が変化して特性が影響されます。
通常の差動アンプのように、差動ペアがバランスする点の周辺の狭い範囲で動作させる場合には、エミッタ抵抗による電圧降下の値はペアの両方とも同程度の値となり影響は小さくなります。
しかし、温度補償回路の場合には、常にペアのバランスを崩して使いますから、エミッタ抵抗による電圧降下の不均等は問題になります。
具体的には、Q2 側は入力電流そのものを流し、Q1 側は理論値では、その 1/e = 0.3678\ldots 倍の出力電流を流しますから、CV 入力電圧 10 V、入力抵抗 100 kΩ を仮定すると、

  • Q2 側:V_{\fs1\rm RE2} = 4.5\;[\rm \Omega ] \cdot 100\;[\mu\rm A] = 0.45\;[\rm mV]
  • Q1 側:V_{\fs1\rm RE1} = 4.5\;[\rm \Omega ] \cdot 100\;[\mu\rm A] / e= 0.166\;[\rm mV]

となり、約 0.284 mV 程度、差動ペアのベースに加わる電圧が減少することになります。
ベース抵抗値の変化による特性の違いを見るために、下の回路図のように、パラメタ「RBASE」を本来の抵抗値に乗算し、値をいじれるようにしてあります。

次のグラフは、ベース抵抗値をパラメタとして変えながら、入力電圧を振って、アンプのリニアリティを見たものです。

各グラフは

  • 緑色の線: RBASE = 2、つまりチップの抵抗値の 2 倍
  • 青色の線: RBASE = 1、つまりチップ本来の抵抗値
  • 赤色の線: RBASE = 0.1、つまりチップの抵抗値の 1/10

となっています。
上のグラフで直線性を見ると、 RBASE=0.1 の赤色の線が最も直線性が良く、ベース抵抗が増えるにしたがって直線性が悪くなっていくのが分かります。
下のグラフは、CV 入力電圧は 10 V に固定し、温度を変化させてプロットしたものです。

上のグラフのトレースの式が長くなりすぎて全部表示されていませんが、改めて書くと下のようになります。

100*((25+273.15)*(I(V_sense)/59.357uA)/(temperature+273.15)*1deg-1)

やっていることは、回路の出力と、絶対温度に比例する理想直線との誤差を、25℃、RBASE=1 を基準として % 単位で表示しているだけです。
RBASE=0.1 の赤色の線は、理論的に求めた 2 次のカーブと同様に、ピークが 25℃ 付近にあります。
それに対して、チップの抵抗値そのものの RBASE=1 の青色の線では、ピークが低温側にずれ、0℃ 近辺にあります。
このピーク位置を 25℃ 付近に持ってくるには、理論で求まる V_{\fs1\rm S} よりも大きな電圧をベース間に加える必要があります。
RBASE=2 に至っては、この温度範囲ではピークがありません。
最後に、もっと広い温度範囲でのグラフを示します。
理論値に近い特性を得るために、RBASE=0.1 としました。

青色の線がこの回路の出力で、赤色の線が絶対温度に比例する理想直線です。
前の理論解析の記事 (→こちら) でのグラフと同様の結果が得られました。