MS-20 タイプの VCF (2)

houshu さんのブログの記事

Korg MS10 & MS20 Filters アナログ電子楽器の回路を読む/ウェブリブログ

や、RJB さんのブログの記事

http://www.rjblog.net/archives/2008/e000290.php

で、 Tim Stinchcombe さんの MS-10/MS-20 の VCF (前期型/後期型の両方) の動作を解析した論文が紹介されています。
上記の記事での url とは違って、現在では下記の Web ページに移動したようで、

Tim Stinchcombe - Korg MS-10 & MS-20 Filters

上記のページの「techinical paper」のリンクをクリックすると論文の pdf 文書「MS20_study.pdf」が読めます。 以降は、この論文を単に「論文」と呼びます。
ここでは、この論文にしたがって、NPN トランジスタを逆方向に飽和させた状態の特性の SPICE シミュレーションを行ってみます。
トランジスタは能動領域では、コレクタ電流は定電流性を示すので、トランジスタを「可変抵抗」として使うアプリケーションでは、トランジスタを「飽和領域」つまり、エミッタ側のダイオードも、コレクタ側のダイオードも順方向バイアスとなる状態で使用します。
LTspice でのシミュレーション回路図を下に示します。

使用するトランジスタのモデルは、ROHM のミューティング用 NPN トランジスタ 2SC2704K の SPICE モデルを同社の Web サイトの製品情報ページからダウンロードして使っています。
トランジスタは通常とは逆向きの接続で、コレクタが接地されてエミッタ側に電圧を加えるようになっています。
コレクタとグラウンド間に挿入されている「V_SENSE」という名の電圧源は、単にコレクタ電流をセンスするためのもので、端子電圧は常に 0 V としており、単なる「電線」と同じです。
東芝セミコンダクター社のミューティング用トランジスタのデータシートの ON 抵抗のグラフにも、同様の測定回路が示されています。
論文では、エミッタ電圧を正の方向にしかかけていませんが、ここでは、正負両方向に振って、「順方向」の特性も見ています。
シミュレーションは、IB をパラメタとしてオクターブ・ステップで 0.125 μA から 16 μA まで 8 段階に変えながら、エミッタ側の電源 V1 を -200 mV から +200 mV まで DC スイープしています。
シミュレーション結果のグラフを下に示します。

下側のグラフはエミッタ電圧 VE を横軸、コレクタ電流 IC を縦軸に取って表示したものです。
トランジスタを逆向きに使っているので、エミッタ電圧が「正」の場合にコレクタ電流は「マイナス」の表示となってしまいます。
プロット・トレースの指定を「-Ic(Q1)」とすれば正の値になりますが、そうすると、IB のステッピングで色分けされません。
そこで、コレクタ電流をセンスするためだけの電圧源「V_SENSE」を挿入して、マイナス記号の付かない形にして、トレースの色分け機能を活かすことにしました。
IB の値と、トレースの色との対応は下の表のようになっています。

IB IB
0.125 μA 2 μA マゼンタ
0.25 μA 明るい青 4 μ A
0.5 μA 明るい緑 8 μ A 暗い緑
1 μA シアン 16 μA 暗い青

このグラフは、論文のグラフとは縦軸と横軸が逆になっています。
これは、トランジスタの特性図として必ず掲載される、IB をパラメタとした VCE - IC のグラフと仕様を合わせたものです。
ただし、逆方向なので、通常動作のグラフを原点を中心に 180° 回転させた形になっています。
グラフが途中で切れた感じになっているのは、1 kΩ の「負荷抵抗」の「ロードライン」との交点までがプロットされていることによります。
V1 の電圧 (の絶対値) が最大値の 200 mV に達したとき、電流が多く流れていれば負荷抵抗 1 kΩ での電圧降下が大きく、エミッタに掛かる電圧は小さくなります。
逆に、電流が小さければ、1 kΩ での電圧降下が小さく、200 mV に近い値がエミッタに掛かることになります。
このグラフの傾きが大きい、つまり「立って」いることは ON 抵抗が小さいことを表し、傾きが小さい、つまり「寝ている」ことは ON 抵抗が大きいことを表しています。
エミッタ電圧が正の側に大きくなっていくとグラフの傾きが小さくなっていく、つまり ON 抵抗が大きくなっていき、逆にエミッタ電圧が負の側で (絶対値が) 大きくなっていくとグラフの傾きが大きくなっていく、つまり ON 抵抗が小さくなっていく傾向があるのが分かります。
純粋にリニアな領域というのはなく、リニアリティが必要ならば、近似的にリニアと見なせるようなレベルまで信号の入力レベルを絞って使います。
「楽器」として見れば、これは信号の正負で非対称なひずみである「オーバードライブ」に相当しますから、信号レベルをあまり絞らずに「突っ込んで」エフェクタ的な効果を期待するという方法もあります。
この ON 抵抗を計算して表示したのが上側のグラフです。
本当は「微分抵抗」で表示するのが良いのですが、プロット用の数値微分演算子では表示が乱れてしまうので、エミッタ電圧をエミッタ電流で割るという簡易的な方法を使っています。
トランジスタのモデルを LTspice 組み込みの 2N3904 に替えてシミュレーションした結果を下に示します。

2SD2704K の結果と比べてすぐ分かるのは、2N3904 の結果の方が IC のグラフが全体に寝ていて、ON 抵抗が高いということです。
もう少し細かく見ると、上側の ON 抵抗のグラフから、エミッタ電圧 0 V 付近での値を読み取ると、

モデル IB=0.125μA IB=2μA IB=16μA BF BR
2SD2704K 5 kΩ 300 Ω 40 Ω 2322 45
2N3904 53 kΩ 3.1 kΩ 450 Ω 300 4

となります。
ここで、「BF」「BR」は SPICE のトランジスタ・モデルのパラメタで、それぞれ、 forward hFEF)、 reverse hFER) を示しています。
ON 抵抗の値は両者で約 11 倍違っており、それは BR の値が約 11 倍違うのを反映しています。
2SD2704K の IC の結果のマゼンタ色のグラフ、つまり IB=2μA のグラフでは、エミッタ電圧が正で大きい領域でコレクタ電流が 80 μA を少し超えるくらいのレベルで頭打ちになっていることが分かります。
これは 2SD2704K の BR (reverse hFE) が 45 であることから、ベース電流 2 μA に対して、コレクタ電流はその BR 倍の 90 μA までしか流せないと言うことを示しています。
同様に、2N3904K の IC の結果の暗い青色のグラフ、つまり IB=16μA のグラフでは、エミッタ電圧が正で大きい領域でコレクタ電流が 80 μA くらいのレベルで頭打ちになっていることが分かります。
2N3904 の BR は 4 なので、コレクタ電流の最大値は 16 [μA] * 4 = 64 [μA] となるはずで、一見、計算が合わないように見えます。
ここで、グラフを良く見ると分かりますが、VE = 0 V でも、コレクタ電流が 20 μA 近く流れていることが読み取れます。
これは、ベース電流 16 μA が、ほとんどそのままコレクタに流れ込んでいるためで、ベース電流の負担分の 16 μA と、正味のコレクタ電流の 64 μA の合計で 80 μA がコレクタから流れ出しているのです。
コレクタとエミッタが同電位の場合、ベース電流はコレクタ側、エミッタ側、両方に流れますが、その比率は BF と BR との比に比例する形となるので、ほとんどはコレクタ側に流れ、エミッタ側には少ししか流れません。
2SD2704K の場合は BR が 45 と大きいので、もともとベース電流自体がコレクタ電流に比べて小さく、したがってコレクタからの流れ出し分も小さくて目立たなかったのです。
BR の小さい汎用のトランジスタでも、ベース電流を多く流してやれば ON 抵抗を小さくできますが、そのベース電流がコレクタから流れ出して、外部回路のインピーダンスによっては DC オフセットを生じる原因になります。
VCF への応用としては、これはいわゆる「CV 漏れ」、つまり制御電圧の変化が信号出力に乗ってノイズとなる現象につながります。