アナログシンセの VCO ブロック (35) -- 温度補償回路(5)

今回は、差動増幅回路による温度補償回路の誤差の量 (の理論値) を評価したいと思います。
一般の数値計算では、指数関数、対数関数、三角関数などの値を求めるのに、その関数を (無限) べき級数で展開した式を有限項で打ち切った近似式を用いて計算するのが普通です。
しかし、この温度補償回路の場合には、目的は絶対温度に比例する直線、つまり1次の特性であり、それを差動増幅回路の指数特性で近似しています。
1次の直線を、無限のべき級数で表現される指数関数で近似するわけですから、誤差としては2次以上のべきの成分が表れます。
指数関数 e^xマクローリン展開 (x=0 の周りでのテイラー展開) すると、
\qquad \qquad \exp(x) = e^x = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{x^n}{n!} = 1 + x + \frac{x^2}{2!} + \frac{x^3}{3!} + \cdots
前回求めたように、x=1 で近似誤差がゼロになりますから、指数関数のx=1 の周りでのテイラー展開を求めればよいのですが、指数関数の性質を利用すると次のようになります。
\qquad \qquad \exp(x) = \exp\left( 1 + (x-1) \right) = \exp(1)\, \cdot\, \exp(x-1) = e \cdot \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(x-1)^n}{n!}
計算を続けると、
\qquad\qquad \begin{eqnarray} e \cdot \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(x-1)^n}{n!} &=& e \cdot \left[ 1 + (x-1) + \frac{(x-1)^2}{2!} + \frac{(x-1)^3}{3!} + \cdots  \right] \\ &=& e \cdot \left[ x + \frac{(x-1)^2}{2} + \frac{(x-1)^3}{6} + \cdots  \right] \end{eqnarray}
となります。
これを見ると、うまい具合に定数項「1」が消えてくれて、初項は「x」となり、確かに目的の特性となっています。
残りの項は、(x-1) の2次以上のべきの項で、誤差ゼロの点 x_0 = 1 に近ければ (x-1) のべきは 0 に近く、2次のべきの項の寄与が最大になることが分かります。
3次以上のべきの項は無視して、2次の項だけで誤差を評価します。
x = x_0 = 1 の点で誤差ゼロであり、そこから離れるに従って誤差が増えていきますが、例として、誤差 0.125 % になる x の値を求めます。 誤差 0.1 % ではなく、0.125 % を選んでいるのは、後の計算が楽になるからです。
\qquad\qquad \frac{(x-1)^2}{2} = \frac{125}{100000}
\qquad\qquad (x-1)^2 = \frac{25}{10000}
\qquad\qquad (x-1) = \pm \frac{5}{100}
\qquad\qquad x = 1\,\pm\, 0.05
つまり、x の値が 1 から ±5 % 程度変動すると誤差が 0.125 % 程度になるということです。
簡単に言うと、T0 = 300 K (27℃) と選んだとすると、その ±5 % である 285 K (12℃) から 315 K (42℃) までの範囲で誤差が 0.125 % におさまります。
誤差量 0.125 % の場合の 10 オクターブの入力変化に対して出力の変化をセント単位で計算すると、10 オクターブは 12000 セントですから、
\qquad\qquad 12000 \times \frac{125}{100000} = 15
となり、15 セントの差が生じることになります。 これは半音の約 1/7 です。
実際には、x絶対温度に反比例する量なので、温度範囲の正確な値は少々違います。
前回の (2) 式の逆数を取って、実際の出力/入力である I_{\rm c1}/I_{\rm c2} の形にします。
\qquad\qquad  \frac{I_{\rm c1}}{I_{\rm c2}} = \exp (-x) = \exp\left(-\frac{V_{\fs1\rm S}}{V_{\fs1\rm T}}\right) \qquad \qquad \cdots\, \cdots\, \cdots\qquad \text{(6)}
同様に、前回の (3) 式の逆数を取ると、
\qquad\qquad  \frac{I_{\rm c1}}{I_{\rm c2}} = \frac{1}{A} \,\cdot\, \frac{1}{\fs3 x} = \frac{\,1\,}{\fs3 e} \,\cdot\, \frac{V_{\fs1 T}}{V_{\fs1\rm S}}  \qquad \qquad \cdots\, \cdots\, \cdots\qquad \text{(7)}
このふたつをプロットすると下の図のようになります。

赤の線が (7) 式の絶対温度に比例する理想特性で、青の線が実際の差動増幅回路の特性の (6) 式を表しています。
両者は 1/x = V_{\fs1\rm T}/V_{\fs1\rm S} = 1 の点で接しており、その時の I_{\rm c1}/I_{\rm c2} の値をグラフで見ると、理論値の 1/e = 0.3678... 程度になっていることが分かります。
下のグラフは、理想特性に対する誤差量をプロットしたものです。

前の計算通り、±5 % 程度の絶対温度変化で誤差量は 0.125 % 程度になっています。
誤差特性が2次関数なので、絶対温度変化を 2 倍の ±10 % まで拡大すると、誤差量は 2 が 2 乗されて 4 倍となった、 0.5 % 程度となることも分かります。