1/12 オクターブバンド・フィルタ (7)

(連続時間) アナログ・フィルタでの実現の第一歩として、 SPICE シミュレーション上での検討を行いました。
次の 3 つの回路方式を対象とします。

  • MFB (Multiple FeedBack) 2 次 BPF
  • Sallen-Key 2 次 BPF
  • DABP (Dual Amplifier BandPass) 2 次 BPF

状態変数型 / biquad 回路については、スイッチト・キャパシタ・フィルタの MF10 で、すでに実現しているので省略しました。
MFB / Sallen-Key 型のフィルタの回路定数の決定には TI 製の設計アプリケーション「FilterPro」のデスクトップ版を利用しました。
まず、MFB (Multiple FeedBack) 型の回路構成を下に示します。

上の図の上側が基本的な回路です。
R1 を「1」とした規格化素子値で表現してあります。
この回路の利点としては、

  • 素子感度が低い
  • 素子数が少ない

ことがあげられます。 一方、不利な点としては、

  • 素子値の拡がりが大きい (4Q2)
  • 使用する OP アンプの性能の影響が大きい
  • BPF 特性のピークでのゲインが 2Q2 となり、自由度がない

ことがあります。
上の図の下側が仕上がりのゲインを選べるように、R1 を分割して新たに R3 を加え、入力信号を抵抗分圧したものです。
6 次 BPF による 1/12 オクターブバンド・フィルタでは、高い方の Q は約 34.6 になりますから、本来のゲインは
2 × (34.6)2 = 2 × 1197.2 = 2394.4 = 67.6 [dB]
にも達します。
仕上がりゲインを「1」にするには入力信号を約 2400 分の 1 にする必要があり、SN 比の点では不利になります。
OP アンプ特性の影響については後で例を示します。
Sallen-Key トポロジの 2 次 BPF 回路を下に示します。

BPF 回路としては、C1 が R3 と並列になるような構成のものもあります。 上の図の回路は FilterPro の設計結果として示される回路形式です。
この回路の利点としては、

  • OP アンプの特性の影響が少ない

ことがあります。 不利な点としては、

  • (OP アンプ・ゲイン K = 1 と選ばない回路形式では) 素子感度が大きい

ことがあげられます。
素子感度の大きさについては後で例を示します。
DABP (Dual Amplifier BandPass) 回路は、考案者の名を取って Fliege 回路とも呼ばれ、その実体は OP アンプを 2 個使用した GIC (Generalized Impedance Converter) 回路による「シミュレーテット・インダクタ」を使った 2 次 BPF 回路です。 下に回路を示します。

上の図の青色の破線で囲った部分が (接地型) シミュレーテッド・インダクタ回路になっています。
「シミュレート」されていない「リアル」なインダクタンスで置き換えると下のような「R—∞」型の LC 回路、つまり、

形式になっています。

一般的な「R—R」型回路では、入力抵抗 R と終端抵抗 R とで分圧されて、ゲインは -6 dB となりますが、「R—∞」型の回路ではパワーを消費する終端抵抗が存在しないので、ピーク位置での減衰はなく、ピーク・ゲインは 0 dB となります。
ただし、上の DABP 回路では、ピーク・ゲインは 6 dB (2 倍) となります。

DABP 回路の利点としては、

  • 素子感度が小さい
  • 高い Q を実現できる
  • 調整しやすい

ことがあります。
シミュレーテッド・インダクタ部分は中心周波数 f0 にのみ関与し、Q の値はシミュレーテット・インダクタ回路から見れば「外部」に存在する R1 だけに依存しています。
不利な点としては、

  • OP アンプを 2 個使用する
  • OP アンプを 2 個使用するので、単一 OP アンプ回路より OP アンプ帯域幅の影響が大きい

ことがあげられます。
有利な点も、不利な点も、OP アンプを 2 個使用することにより生じています。 OP アンプ 2 個で分担するので、高い Q についても「無理」がなく実現できます。
以上述べた 3 種の回路の LTspice シミュレーション回路を下に示します。
TI 提供の TLE2082 の SPICE マクロ・モデル「TLE2082.101」を利用しています。

中心周波数 880 Hz、-3 dB バンド幅 50.84 Hz を FilterPro に入力して得られた結果の、最終段の 2 次 BPF (中心周波数 902.29 Hz、Q = 34.63) の回路定数 (計算結果そのものの理想値) を使用しています。
広い周波数範囲での結果を下に示します。

赤色の線が MFB 回路、青色の線が DABP 回路、緑色の線が Sallen-Key 回路です。 緑色を最後にプロットしているので、重なっている部分は緑色しか見えていません。
赤色の MFB 回路では、100 kHz を超える領域で単調に減衰しなくなることが分かります。
青色の DABP も 1 MHz を超える領域で少し乱れており、緑色の Sallen-Key が最も素直な特性となっています。
下にピーク付近の拡大を示します。

青色の DABP、緑色の Sallen-Key は 902 Hz、6 dB 付近にピークがありますが、赤色の MFB は、それとは少しズレた部分にピークが来ています。 これは OP アンプの特性の影響です。
電圧制御電圧源 (E エレメント) を使った「理想 OP アンプ」との比較のための回路を下に示します。

結果を下に示します。

青色の線が TLE2082 のモデルを使った場合で、赤色の線が理想 OP アンプの場合です。
赤色の理想 OP アンプでは 902 Hz、6 dB 付近にピークが来ています。
OP アンプ以外の回路素子値は変更していないので、ピーク位置がズレるのは OP アンプの特性の影響であることが分かります。
最後に、モンテカルロ・シミュレーションによる各回路の素子感度を見てみます。
LTspice に入力する回路の一部を下に示します。

抵抗およびコンデンサの素子値を記述する部分に素子値の定数そのものを書くのではなく、「{mc(素子値,範囲)}」のように記述して、シミュレーションの繰り返しごとに素子値を指定範囲内でランダムに変動させるようにします。
上の設定では、抵抗、コンデンサともに ±1 % の範囲で変動させて 10 回繰り返すようになっています。
すべての抵抗、コンデンサについて変更を加えていますが、上の図では MFB 回路の部分だけを示して、他は省略しています。
結果を下に示します。

赤色の線が MFB 回路、青色の線が DABP 回路、緑色の線が Sallen-Key 回路です。
赤色の MFB と、青色の DABP が同じような傾向で、フィルタの Q やピーク・ゲインはあまり変化せず、主にピーク周波数だけが変化しているように見えます。
これは、ゲインの 1 % の変化は約 0.1 dB の変化となり、図のスケールでは良く見えないのに対し、902 Hz の中心周波数の 1 % の変化は約 9 Hz となって、はっきりと差が分かるためです。
緑色の Sallen-Key では、Q およびピーク・ゲインが大きな変動を示しており、実用にはなりません。