SX-150 の VCO の温度補償 (8) -- Q902 のベース電流補償 (1)

この回路は「ベース電流補償型カレントミラー回路」を基本とするものなので、Q2 のベース電流は Q902 のエミッタから供給されますが、Q902 自体のベース電流は R902 を通じて流れ、その分、Q901 のコレクタ電流が減ってしましいます。
この Q902 のベース電流を補償する回路について考えます。
具体的な回路については次回以降に触れることにして、この記事では、ベース電流による誤差の出方がリセット型 VCO の誤差の出方と同等であることを示し、リニア VCO 部での、いわゆる「高域補正」によってもベース電流補償ができることを説明します。
まず、リセット時間がゼロである、理想リニア VCO での周波数を f とし、リセット時間が T_{\rm R} である実際のリニア VCO での周波数を f' とします。
ここで T_{\rm R} は「時間」であり、「温度」ではありません。 同様に、プライム記号「{}'」は「実際の値」を表すための記号として使っており、「微分」の意味ではありません。
理想 VCO での「周期」は周波数の逆数 1/f ですから、実際の VCO ではリセット時間 T_{\rm R} が加わり、周期は 1/f + T_{\rm R} となります。
この逆数が周波数ですから、実際の周波数 f'
\qquad f' = \frac{1}{1/f + T_{\rm R}} = \frac{f}{1+T_{\rm R}\cdot f}
\qquad \frac{f'}{f}=\frac{1} {1+T_{\rm R}\cdot f}
となります。
f \rightarrow 0f' / f = 1 となり、f が大きくなると 1 より小さくなります。
このリセット時間による誤差を補正する方法に「高域補償」あるいは「Franco の補償」と呼ばれている方法があり、以前の記事 (id:pcm1723:20071219) で説明しました。
この方法では、のこぎり波の振幅がやや小さくなるという副作用がありますが、抵抗1本だけで理論的には完全に誤差をゼロにすることができます。
さて、話をアンチログ回路に戻します。
ベース電流誤差を含まない理想アンチログ回路の出力コレクタ電流を次のように定義します。
\qquad I_{\rm C}=I_{\rm SET}\cdot\exp(A\cdot V_{\rm CV})
ここで V_{\rm CV} は CV 電圧、A は比例定数、I_{\rm SET} は R902 を通して Q901 に流す電流の設定値です。
実際の出力電流 I'_{\rm C} は、ベース電流の影響で、
\qquad I'_{\rm C} = (I_{\rm SET} - I_{\rm B(Q902)})\cdot \exp ( A \cdot V_{\rm CV} )
となります。
ここで I_{\rm B(Q902)} は Q902 のベース電流であり、Q902, Q2 の h_{\rm FE} をそれぞれ h_{\rm FE(Q902)}h_{\rm FE(Q2)} とすると、R903 がない回路では、Q901 のベース電流を無視すると、
\qquad\displaystyle I_{\rm B(Q902)} = \frac{I'_{\rm C}}{h_{\rm FE(Q902)} \cdot h_{\rm FE(Q2)}}
となりますから、これを前の式に代入すると、
\qquad\begin{eqnarray}I'_{\rm C}&=&(I_{\rm SET}-\frac{I'_{\rm C}}{h_{\rm FE(Q902)} \cdot h_{\rm FE(Q2)}})\cdot\exp(A\cdot V_{\rm CV})\\&=&I_{\rm C}-\frac{I'_{\rm C}}{h_{\rm FE(Q902)} \cdot h_{\rm FE(Q2)}}\cdot\frac{I_{\rm C}}{I_{\rm SET}}\end{eqnarray}
\qquad\frac{I'_{\rm C}}{I_{\rm C}}=\frac{1}{\displaystyle 1+\frac{1}{h_{\rm FE(Q902)} \cdot h_{\rm FE(Q2)}}\cdot\frac{I_{\rm C}}{I_{\rm SET}}}
リニア VCO は入力電流に比例した周波数を発生するブロックですから、I_{\rm C}f は単に定数倍違うだけなので、上の式はリニア VCO の式と同様に、a を定数として、
\qquad \frac{1}{1 + a \cdot f}
の形に書き表せます。
誤差の入り方が同等なので、リニア VCO の「Franco の補償」を使って、ベース結合アンチログ回路のベース電流補償を実現することもできます。
現在考えているベース電流補償回路では PNP トランジスタが 2 個必要ですから、抵抗 1 本で済む Franco の補償で実現できれば、その方が簡単です。
アンチログ部、リニア VCO 部、ともに補償が必要な場合は両者の積、
\qquad \left (\frac{1}{1+a \cdot f} \right)\cdot\left(\frac{1}{1+b\cdot f}\right)=\frac{1}{1+(a+b)\cdot f + a\cdot b\cdot f^2}
の形になりますが、a\cdot fb\cdot f が 1 よりも小さければ、a\cdot b\cdot f^2 は 1 より十分に小さくなるので、f^2 の項は無視して、
\qquad \frac{1}{1 + (a+b) \cdot f}
で近似できます。
具体例として、

  • I_{\rm SET} = 0.1\,μA
  • I_{\rm C}=1\,mA
  • f = 20\,kHz
  • T_{\rm R} = 5\,μs
  • h_{\rm FE} = 100

とすると、
\qquad T_{\rm R} \cdot f = 5 \times 10^{-6} \cdot 20 \times 10^{3} = 0.1
\qquad\frac{1}{h_{\rm FE(Q902)} \cdot h_{\rm FE(Q2)}}=\frac{1}{100 \cdot 100} = \frac{1}{10000}
\qquad\frac{I_{\rm C}}{I_{\rm SET}}=\frac{1\times 10^{-3}}{1\times 10^{-6}} = 1000
\qquad\frac{1}{h_{\rm FE(Q902)} \cdot h_{\rm FE(Q2)}}\cdot \frac{I_{\rm C}}{I_{\rm SET}}=\frac{1000}{10000} = 0.1
となり、両者とも a\cdot f に相当する項は 0.1 ですから、その積の 0.01 は 1 に対しては 1 % で無視できる量です。