アナログシンセの VCA ブロック (1)

OTA の話が出たついでに、少し VCA に寄り道します。
LTspice で LM13700 のリニアライジング・ダイオードを使った場合と、使わなかった場合の特性をシミュレーションしてみました。
前回述べたように、リニアライジング・ダイオードには差動電流を流すのが本式の使い方ですが、LM13700 (および NE5517) のデータシートには、抵抗だけで構成した簡易的な方法が説明されています。
下の図は NS のデータシートの 8 ページ、"FIGURE 2. Voltage Controlled Amplifier" と同じ回路です。

正電源から 13 kΩ の抵抗を通じて 2 番ピンに約 1 mA の電流を流します。 ふたつのダイオードにそれぞれ約 0.5 mA の電流が流れ、それぞれ約 500 Ω の抵抗を通って最終的にグラウンドに落ちます。
500 Ω ふたつではなく、1 kΩ の半固定抵抗にしてあるのは、オフセット調節の機能を持たせるためです。
この抵抗とダイオードのカソードの接続点に、30 kΩ の抵抗を通じて入力信号を注入します。
一見、30 kΩ と 500 Ω で分圧するように見えますが、実際は、ダイオードの動抵抗が V_{\small\rm T} / I = 26 / 0.5 = 52 \, \rm\Omega なので、500 Ω と 52 Ω の並列抵抗である約 47 Ω との分圧になります。
また、500 Ω の抵抗での電圧降下が 0.5 [mA] × 500 [Ω] = 0.25 [V] ありますから、信号入力が 0 V でも、30 kΩ を流れる電流はゼロではなく、この電流が原因のオフセットが発生します。
抵抗での電圧降下が 0.25 V、ダイオードの順方向電圧が約 0.7 V とすると、ダイオードのアノード、つまり 2 番ピンの電圧は約 1 V と見なすことができます。
したがって、正電源電圧を Vcc とすると、1 mA 流すために Vcc と 2 番ピンの間につなぐ抵抗は、おおよそ (Vcc - 1) kΩ と選べばよいことになります。
リニアライジング・ダイオードあり/なしの比較の SPICE シミュレーションのための回路図は(→こちら)です。 NS が公開している SPICE モデルを使っています。
リニアライジング・ダイオードなしの、「素」の差動ペアによる VCA 回路では、入力の分圧回路で、高抵抗側は 100 kΩ、低抵抗側は 100 〜 470 Ω 程度を使った例が多いので、ここでも、 100 kΩ と 470 Ω で分圧しています。
リニアライジング・ダイオードを使う回路では、さっき計算したように入力抵抗が約 47 Ω で、リニアライズなしの回路の 1/10 の抵抗値ですから、それに合わせて、高抵抗側を 10 kΩ にしてあります。
OTA のバイアス電流を調整して、ダイオードあり/なしの回路の 0 V 入力付近のゲインを約 1 に設定してあります。
入出力特性を SPICE の DC スイープで求めた実行結果が下のグラフです。

トレースの色と信号の関係は次のようになっています。

  • 緑 -- 入力 (左の縦軸)
  • 青 -- ダイオードなしの回路の出力 (左の縦軸)
  • 赤 -- ダイオードありの回路の出力 (左の縦軸)
  • シアン -- ダイオードなしの回路のゲイン (右の縦軸)
  • マゼンタ -- ダイオードありの回路のゲイン (右の縦軸)

仮に、ゲインが 0.9 以上の部分が直線性の良い部分とするなら、ダイオードなしの回路では ±4 V 程度しかないのに対し、ダイオードありの回路では ±9 V 程度に広がっていることが分かります。
リニアライジング・ダイオードにより直線性は改善されますが、入力インピーダンスの低下というデメリットも生じます。