アナログシンセの VCO ブロック (23) -- アンチログ回路(6)

次は、OTA (Operational Transconductance Amplifier) を乗算器的に使う方法です。
もともと OTA 自体に、差動入力信号とバイアス電流との乗算機能は備わっていますが、裸の作動増幅器の入力特性としては、良好な直線性を持つのは ±10 mV 程度に過ぎません。
アンチログ回路は約 18 mV の入力変化で1オクターブ変化しますから、10 オクターブ分では約 180 mV になります。
OTA をそのまま絶対温度スケーリングに使おうとすると、直線性の良い部分を使うために、サミングアンプ出力を ±10 mV 程度まで絞って OTA に入力し、アンチログ回路への出力部で ±90 mV 程度になるような設定にする必要があります。
これでは、いかにも不細工なので、OTA の直線性を改善する方法を考えます。
それは、LM13700, NE5517 などに内蔵されているリニアライジング・ダイオード (linearizing diodes) を利用して、ギルバート・セル型乗算器と同様の方法で直線性の良い範囲を広げる方法です。


まず、LM13700 の内部回路を簡略化したものを左に示します。
左図は OTA の基本回路と呼べるもので、実際の回路とは出力コンプライアンス電圧範囲の違いがありますが、ここでの議論には関係がないので、簡単のため、この基本回路で説明します。
まず、Q1, D1, Q2 のカレントミラーによって 1 番ピンに流れ込む電流が Q4, Q5 の差動ペアのテイル電流としてコピーされます。 これを I_1 とします。
プラス入力の 3 番ピンと、マイナス入力の 4 番ピンの電圧をそれぞれ、V_3,\, V_4 として、差動入力電圧 V_{\rm in} = V_3 - V_4 と定義します。
そうすると 5 番ピンからの出力電流 I_5 は、結果だけ示すと
\quad \quad I_5 = I_1 \cdot \tanh \left ( \frac{V_{\rm in}} {2 \cdot V_{\small\rm T}} \right )
となります。
出力電流は I_1 に比例することが分かりますが、V_{\rm in} については、非線形双曲線関数 \tanh(\cdot) の引数になっています。
値がゼロに近ければ \tanh(x) \approx x とみなせますが、値が大きくなれば直線からのズレも大きくなります。
もし、逆双曲線関数 {\rm arctanh}(\cdot) が実現できれば、\tanh({\rm arctanh}(x)) = x の関係から、理論的には完全な直線性が得られることになります。
IC に内蔵されているリニアライジング・ダイオードを使って、この \rm arctanh 特性を作り出すのですが、その話は次回説明します。