トランジスタ都市伝説? (3)

この記事は、私がふだん思っていることを述べただけで、実証に基づくわけではなく、誤りが含まれているかも知れません。
信じるか、信じないかは、あなた次第です。

熱結合伝説

差動増幅回路のトランジスタ・ペアは、特性ばかりだけでなく、温度も一致している必要がありますから、ディスクリートトランジスタを使う場合は、ふたつのパッケージを密着させて熱結合を密にする必要があります。
ただ、残念なことに、シリコンの熱伝導率 168 [W/(m・K)] に比べて、プラスティック・パッケージに使われる(特に高熱伝導率ではない普通の)エポキシ樹脂の熱伝導率は 0.2〜0.5 [W/(m・K)] と低いので、プラスティック・パッケージを介しての熱結合度は十分なものではありません。
TO-92 パッケージの熱抵抗は 250 [℃/W] 程度なので、もしトランジスタで 4 mW 消費すると仮定した場合、トランジスタのダイ温度は 250 × 4e-3 = 1 [℃] 上昇することになります。
発生した熱が、もう片方のトランジスタに伝わらず、1 ℃ の温度差がそのまま存在した場合、熱源の方のトランジスタV_{\smal\rm BE} は約 2 mV 下がります。
アンチログ回路では1オクターブで \Delta V_{\small\rm BE} は 18 mV ですから、2 mV の差が生じると 1200 [cent] × 2 / 18 = 133.3 [cent] となり、音程が元に比べて半音以上変化することになります。
一般に、伝わる熱の量は、温度勾配および熱伝導率に比例します。つまり、熱の出入りがなければ、熱伝導率が低くても温度勾配はゼロになります。
そういうわけで、プラスティック・パッケージのディスクリートトランジスタの熱結合では、熱を十分伝えられないので、トランジスタの自己発熱はなるべく抑えるべきです。
また、「結合」というより、ふたつのトランジスタを極めて近接して置くことにより、トランジスタの感じる温度環境を同じ場所にする手段にすぎない、と考えるべきです。
ただし、パワーアンプの場合、大きな発熱があるパワー段のバイアスを安定化するため、熱の伝達が十分でないとしても、パワー段のトランジスタと、バイアス電圧を作り出すトランジスタとの熱結合は必要なことです。
アンチログ回路の出力を OP アンプの積分回路につなぐタイプでは、コレクタ電圧はバーチャル・ショートにより 0 V が強制されますから、コレクタ電流が 1 mA でも、コレクタ損失は 1 mW 以下に抑えられます。
アンチログ回路の出力電流を、直接コンデンサで充電するタイプの VCO では、コレクタ電圧が鋸歯状波となりますから、その平均に相当する電圧とコレクタ電流の積がコレクタ損失となります。
もし、のこぎり波が 5 V 〜 10 V まで振り、コレクタ電流の最大値が 1 mA とすると、最大のコレクタ損失は 7.5 mW になります。
このタイプでも、出力をカスコード回路を介して VCO 側につなげば、損失の大部分をカスコード・トランジスタが負担する形になるので、アンチログのトランジスタの損失は低く抑えられます。

トランジスタ・アレイの利用

温度のマッチングの点でいえば、やはり、トランジスタ・アレイが有利です。
同じシリコン基板上に複数のトランジスタが作りこまれており、熱伝導率が高いため、シリコン基板上は、ほぼ同じ温度になります。
よく使われるのが NPN トランジスタ5個入りの CA3046 (LM3046) です。 これは、特性がマッチしていることをうたっており、オフセットの最大値の規格は 5 mV です。
前回、アンチログ回路など、ペアのバランスを崩して使う回路ではマッチングはいらないという話をしましたが、その方針で行くと、素子のマッチングをうたっていない、単なる「集合トランジスタ」でも使えるんじゃないかという気がします。
この手の IC には、たとえば、東芝 TD62507 などがあります。
このシリーズは、7回路入りのシングル・ドライバ、つまり、ダーリントンではない単一 NPN トランジスタのオープンコレクタのドライブ回路が7つ、16 ピンパッケージに入っています。
ベース抵抗のバリエーションや、ツェナーダイーオードの有無などで型番が分かれており、シンセ用に応用できそうなのは、抵抗が接続されていない裸のトランジタが独立に5素子入った TD62507 と、コモンエミッタ接続の7個のトランジスタが入った TD62501 です。
基本的にドライバということで、特性のマッチングについては何も規定がありません。 アナログ回路への応用ができるような特性を持っているかどうか不明ですが、もし使えるのであれば、サブストレートが独立したピンに割り当てられているので使いやすそうです。
CA3046 では、サブストレートが1個のトランジスタ (Q5) のエミッタに接続されているので、このトランジスタはあまり使い道がなくなってしまいます。 
サブストレートはすべてのトランジスタの全ての電極の電位と同じか、より低い電位にしなければならないので、Q5 の動作電圧範囲には制限が課せられることになります。 
また、サブストレートと、各トランジスタの各電極との間にはキャパシタンスが存在するので、サブストレート電位を無闇に動かすと、キャパシタンスを通じて、他のトランジスタに影響を与えることになります。
またまた、コレクタ・エミッタ間の耐圧は 15 V、サブストレートと各電極間の耐圧は 20 V なので、± 15 V 電源のシステムでサブストレートを Vee につないでしまうと危険なことになります。
これらのことから、サブストレートが接続された Q5 は使用せず、電源から適当に分圧して得たマイナス電位につないでおくだけになりがちです。

デュアルトランジスタ

リード線タイプのデュアルトランジスタは絶滅しつつありますが、表面実装タイプでは生産されています。
熱結合の度合いは、2個入りトランジスタ・アレイなのか、ディスクリートトランジスタ2個入りなのかによって決まります。
ディスクリートトランジスタでは、リードフレームに接続される面がコレクタになっており、コレクタ損失による熱をリードフレームに逃がす構造になっています。エミッタ、ベースはダイ表面の電極から取り出されます。
したがって、同じリードフレームに2個のディスクリートトランジスタをマウントするとコレクタが共通になってしまいますから、各端子が独立のデュアルトランジスタで、サブストレート端子のないものは、別々のリードフレーム上に、別々のディスクリートトランジスタをマウントしたものと推測されます。
この場合は、リードフレームは別で、ダイも別ですから、ふたつのトランジスタの間にはプラスティック・モールドの層が存在することになり、熱結合度は落ちます。 それでも、TO-92 パッケージを接着するよりは、ずっとマシなはずです。
2個入りトランジスタ・アレイの場合は前述のように熱結合度は良好です。 コモンエミッタの差動ペア接続の場合は、サブストレートをコモンエミッタに接続することが可能ですから、外部からサブストレート端子の存在を見えなくすることができます。