ピタット (PTAT) 電圧源 (1)

「PTAT」 とは Proportional To Absolute Temperature (絶対温度に比例する(何々)) の頭文字を取ったもので、エレクトロニクスの世界では一般的な用語のようです。
それを、ちょっと面白がって、無理やり「ピタット」と呼んでみました。
ここでは、バイポーラ・トランジスタを使ったピタット (PTAT) 電圧源を扱います。
まず、アンチログ回路のところで出てきた式を再掲します。
\quad\quad \frac{I_{\small{\rm C2}}} {I_{\small{\rm C1}}} = \exp \left [ (V_{\small{\rm BE2}} - V_{\small{\rm BE1}}) \cdot \frac{\rm q} {{\rm k} T} \right ]
両辺の自然対数をとると、
\quad\quad \ln \left ( \frac{I_{\small{\rm C2}}} {I_{\small{\rm C1}}} \right ) =  (V_{\small{\rm BE2}} - V_{\small{\rm BE1}}) \cdot \frac{\rm q} {{\rm k} T}
整理すると、
\quad\quad V_{\small{\rm BE2}} - V_{\small{\rm BE1}} = \ln \left ( \frac{I_{\small{\rm C2}}} {I_{\small{\rm C1}}} \right ) \cdot \frac{{\rm k}T}{\rm q} = \ln \left ( \frac{I_{\small{\rm C2}}} {I_{\small{\rm C1}}} \right ) \cdot V_{\small{\rm T}}
この式から、トランジスタ Q1 にコレクタ電流 {I_{\small{\rm C1}}} を流し、Q2 にコレクタ電流 {I_{\small{\rm C2}}} を流したとき、ふたつのトランジスタV_{\small{\rm BE}} の差は絶対温度 T に比例することが分かります。
いくつかのコレクタ電流比について、常温 (T = 300 \, {\rm K}) での具体的な数値を求めると、

  • {I_{\small{\rm C2}}} / {I_{\small{\rm C1}}} = 2 で 0.69\,\times\,26 = 18 [mV]
  • {I_{\small{\rm C2}}} / {I_{\small{\rm C1}}} = 10 で 2.30\,\times\,26 = 60 [mV]

となります。
これまでずっと、「コレクタ電流比」と言ってきましたが、正確には「コレクタ電流密度比」について成り立つ式です。 ディスクリートトランジスタでは各トランジスタは同等のものですから、「電流比」と「電流密度比」は同一です。
IC 内部回路では、特性は同じでエミッタ面積が違うトランジスタを作ることができます。 いま、エミッタ面積比が N のふたつのトランジスタに、同じコレクタ電流を流すことを考えると、コレクタ電流密度比としては 1/N になります。
ふたつのトランジスタに同じ電流を流すことは、カレントミラー回路で実現できますから、IC 内部では、シンプルな回路でふたつのトランジスタの電流密度を一定に保つことができます。
ディスクリートトランジスタあるいはトランジスタ・アレーでは、各トランジスタのエミッタ面積は同一ですから、コレクタ電流比を一定に保つ必要があり、IC 内部回路のように簡単な回路では実現できません。

PTAT 電圧源の応用 --- バンドギャップ・リファレンス

ピタット (PTAT) 電圧源の応用として、最も身近なのはバンドギャップ・リファレンスです。
トランジスタV_{\small{\rm BE}} 自体は、約 -2 [mV/K] の傾きで温度変化します。 この変化は直線的ではなく、上に凸の形でわずかに湾曲しています。
V_{\small{\rm BE}} は負の温度特性 (-2 mV/K) ですから、これに正の温度特性 (+2 mV/K)を持つ電圧を足してやれば、打ち消しあって温度変化をゼロにできます。
常温 (T = 300 \, {\rm K}) での V_{\small{\rm BE}} の値を約 0.6 V とすると、+2 mV/K の傾きを持つ PTAT 電圧は 2 × 300 = 600 [mV] となり、両者の和は約 1.2 V です。 これがバンドギャップ・リファレンスの電圧が 1.2 V 程度になる理由です。
V_{\small{\rm BE}} 温度特性は直線でなく、湾曲しているので、温度特性をゼロにできるのは厳密には一点にすぎません。 通常は、常温の範囲で実用的に温度特性がほぼゼロと見なせるように、設計上で考慮されています。

アナログシンセ回路への応用

なぜ、ピタット (PTAT) 電圧源の話を持ち出したのかというと、それは、アンチログ回路の温度補償に使おうという意図があるからです。
ディスクリートトランジスタあるいはトランジスタ・アレーを使ったピタット (PTAT) 電圧源の実際の回路については、次回の記事で説明します。