PT8211-S の測定

aitendo で販売されている、高性能ではないけれど安価 (単価 50 円) な 16 ビット・ノン・オーバーサンプリング・オーディオ DAC「PT8211-S」の特性を測定してみました。
パッケージは 8 ピン SOP (1.27 mm ピッチ) で BU9480F と同じですが、当然ピン・コンパチブルではありません。 電源電圧範囲は 5 V 〜 3 V です。
スペック上の性能は、電源電圧 5 V、常温で、

項目 標準値 条件
全高調波歪み 0.13 % 1 kHz, 0 dB FS
ダイナミック・レンジ 89 dB
SN 比 93 dB
クロストーク 80 dB Digital to Analog
ワードクロック周波数 384 kHz (max)
消費電流 13 mA

と、fs = 384 kHz に対応している以外は平凡なものです。
評価の方法としては、「音」の違いを聞き分けられる耳は持ち合わせていないので、997 Hz の正弦波信号を発生させ、DAC 出力を PC のサウンド入力に接続して「WaveSpectra」でスペクトルを観察するだけです。
ついでに、同様な 16 ビット・ノン・オーバーサンプリング DAC である、

  • BU9480F (ROHM)
  • μPD6376 (旧 NEC)

についても同時に測定して比較しました。
Nucleo F411RE の Arduino コネクタにブレッドボード・シールドを取り付けて、ブレッドボード上に 3 種の DAC の回路を組んだので条件としては良くありません。
回路と言うほどの回路ではありませんが、PT8211-S 周辺の回路図を下に示します。

PT8211-S にはリファレンス電圧のデカップリングのための容量を接続する端子はなく、電源に加わるノイズが直接的に出力に影響を与えます。
その影響の度合いを見るために、USB からの +5V 直接と、TL431 によるシャント・レギュレータで安定化した電源を使った場合との両方を観察しました。
まず、μPD6376 の結果を示します。 電源は USB +5V 直結です。

-80 dB, 125 Hz, 250 Hz, 500 Hz, ... 付近の位置にピークが見えるのは、997 Hz 正弦波発生プログラムとしてソフト S/PDIF トランスミッタ・プログラムを再利用したためです。
DMA バッファ・サイズは 1536 ハーフワードで、その半分の 768 ハーフワードが転送されバッファに空きができるたびに、

  • 1 オーディオ・サンプル当たり 2 ch 分のサイン波発生
  • DMA バッファに 2 ハーフワード書き込み

という処理を連続的に 384 回繰り返します。
したがって、125 Hz のレートでプログラムの実行の状況が変化し、それがマイコンの消費電流の変化となり、最終的には電源ノイズとなって現れます。
サイン波の高調波レベルはいずれも -80 dB 程度以下で、歪み率としては 0.01 % 程度になっています。
次は BU9480F の場合です。 これも、電源は USB +5V 直結です。

μPD6376 の結果と比べると 2 次、3 次高調波のレベルが大きく、歪み率は 0.06 % 程度となっています。
次は、PT8211-S の USB +5V 電源直接の場合の結果を示します。

前の 2 つの DAC と比べると、125 Hz, ... の電源ノイズの影響が大きいことが分かります。
また、基本波の 997 Hz の回りに 125 Hz 間隔でピークが生じており、125 Hz で振幅変調を受けていることが分かります。
この AM 成分は前の 2 つの DAC にも見られますが、そのレベルは -90 dB 程度であり、PT8211-S より 20 dB 程度は小さくなっています。
歪み率としては、BU9480F と同様の 0.06 % 程度となっています。
最後に、電源をシャント・レギュレータで安定化した場合の PT8211-S の結果を示します。

当然、歪み率は改善されませんが、125 Hz 直接の成分はずいぶんと小さくなり、基本波の AM 成分も、前 2 つの DAC と同程度のレベルになりました。
ここでは示していませんが、DAC のアナログ出力が変化するタイミングは LRCK の変化から一定の値、約 150 ns 遅れて発生し、BLK の周波数、タイミングに依存しません。
つまり、SPI とハードウェア・タイマを使ってソフトウェアで DAC とのインターフェースを実現する場合でも、LRCK をハード的に生成して「ジッタレス」にできればアナログ出力にもジッタは乗りません。 (μPD6376 は BCLK に依存する)
「結論」としては、高性能は望めないが、電源のデカップリングを十分に行えるのなら安いし、いいんじゃないの、と言ったところでしょうか。