アナログシンセの VCO ブロック (10) -- リニア VCO 回路(5)

(D) サイリスタ (SCR) 類似の回路あるいは PUT (Programmable Unijunction Transistor) 類似の回路

PUT は PNPN 接合で構成される半導体素子で、構造的には N ゲートサイリスタと呼べるものです。
SCR および PUT は、ごく簡単に言えば、順方向電流を流すか流さないかを第3の電極(G)でコントロールできるダイオードのようなものです。
端子 A と K の間は、通常はオフですが、PUT の場合 A > G、SCR の場合 K < G となる条件を満たすと、 A-K 間がオンして、電流が流れ始めます。 その電流が、ある一定の電流 (保持電流) 以下になるまでオン状態は続きます。
つまり、単体の素子で

  • 電圧比較機能
  • 電流スイッチ機能
  • 自己保持機能

を持っており、PUT/SCR と抵抗だけで発振回路を構成できます。

本来の PUT/SCR は PNPN 接合の素子ですが、PNP トランジスタと NPN トランジスタを組み合わせて同様の特性を実現することも多く行われています。
左の図に、回路図のシンボル (白抜きになっていない古い流儀) と、PNP/NPN トランジスタの組み合わせの回路を示します。
実際の応用上、SCR は大電力のスイッチング用、PUT は SCR のトリガ用に多く使われて来たので、PUT による発振回路の例は良く見ますが、SCR による発振回路はあまり見かけません。
両者は Pゲートか、Nゲートかの違いに過ぎませんから、もちろん SCR でも発振回路は構成できます。

その基本的な回路を左に示します。
まず、最初に PUT/SCR はオフで、コンデンサ電荷はゼロであると仮定します。
PUT/SCR の左側にあるコンデンサに抵抗を介して充電電流が流れ、コンデンサ両端の電位差が大きくなっていきます。
それが、右側の抵抗分圧回路で設定される電圧に達すると PUT/SCR がターンオンして A-K 間が導通し、コンデンサの放電電流が PUT/SCR に流れます。
放電が進んでコンデンサに残る電荷が少なくなってくると放電電流も減少し、PUT/SCR の保持電流以下になるとターンオフします。 そして、また、コンデンサの充電が始まって、この繰り返しで発振が持続します。
ここで、ゲート (G) 端子は、その名前のイメージとは違って、PUT/SCR がターンオンすると、低インピーダンスとなり、電流が流れることに注意してください。 ゲート電圧を安定化するために、コンデンサを付け加えたりすると、正常な動作ができなくなります。
アナログシンセの回路としては、コンデンサを充電する抵抗の代わりにアンチログ回路の電流出力を接続することになります。 
アンチログ回路を NPN トランジスタで構成すると、出力電流はシンク (吸い込み) 方向となりますから、SCR を使った回路が採用されることになります。
SCR がターンオフして、コンデンサを充電している場合には、アンチログ出力電流は SCR には流れ込みません。
一方、SCR がターンオンして、コンデンサを放電している場合は、アンチログ出力電流は SCR にも流れ込んでいます。 コンデンサの放電電流がゼロになっても、まだ、アンチログ出力電流が流れ込んでいますから、もし、これが保持電流を上回ると SCR はターンオフできなくなります。
この構成は、前の分類の「直接積分型」つまり、積分に OP アンプを使わないタイプに適しています。 のこぎり波出力を取り出す高インピーダンス・バッファとして JFET のソースフォロアを使用する方式との組み合わせは、おそらく最もシンプルな VCO の構成と言えると思います。
積分に OP アンプを使うタイプとの組み合わせは、NS 社のアプリケーション・ノート AN-299 *1 に PUT 相当の回路を使った例が出ています。 しかし、それはちょっと特殊な回路と言えると思います。

実際のアナログシンセでは、原理通りの PNP, NPN 各1個ずつの回路ではなく、左図のようにダイオード1個と、ダイオード接続の NPN トランジスタを追加した回路が使われています。
この回路の動作は、正直に言って良く分かりません。
元の回路は、G-K 間は NPN トランジスタの B-E 接合そのままなので、当然、ゲートトリガ電圧も温度特性を持ちますが、ダイオード接続した、もうひとつの NPN トランジスタをゲート側に挿入することによって、Vbe の温度変化をキャンセルしているように思われます。
A-G 間のダイオードは、A-G 間の電位差が大きい時には何ら役目を果たさないので、A-G 間の電位差が小さくなった、つまり、ターンオフ付近の特性の改善のためではないかという気はします。

*1:AN-299, "Audio Applications of Linear Integrated Circuits", April 1982