Gilbert Sine Shaper (2)

しばらく Gilbert Sine Shaper 自体の話が続き、SSM2164 の回路の話からは離れるので、記事のカテゴリを独立させました。
文献 *1 では、下のような式が示されています。
tanh(・) を 5 項で打ち切った式なので近似式であることは自明ですが、理論的に無限個の項の和を取った場合、ある特別な「E」の値を選ぶと誤差ゼロになって厳密な等式となるのかどうか、Gilbert の原論文を見ていないので分かりません。

\qquad\qquad I_1 - I_2 = I_0 \sum_{m=-2}^{2}\left( -1 \right) ^m \tanh\frac{V_a + m \cdot E}{2 \cdot V_t}
\qquad\qquad I_1 - I_2 = \eta \cdot I_0 \cdot \sin \left(\pi \frac{V_a}{E} \right)
\qquad\qquad \eta = 2 \cdot \exp\left( \frac{-V_t \, \cdot \, \pi^2}{2 \cdot E} \right)

tanh 関数の級数が sin 関数に結びつくという、この式の導出を試み、一応それらしい結果が得られました。
\qquad\qquad f(x) = \sum_{m=-\infty}^{\infty}\left( -1 \right) ^m \tanh\left( \beta ( m + x )\right)
を Poisson (ポアソン) の和公式を使って変形していった結果だけを示すと、
\qquad\qquad f(x) = \left. \frac{\pi}{\beta}\sum_{n=0}^{\infty} \left[{\rm cosech}\left(\frac{(2n+1)\pi^2}{2\beta} \right) \cdot \sin\left( (2n+1)\pi x \right) \right]
となりました。
偶数次の成分は存在せず、基本波、3倍波、5倍波、... の奇数次の成分だけが現れます。
もとの回路の式の「E」、上の式の「\beta」を小さくしていくと、基本波に対する高調波成分の割合が下がっていって、ひずみ率が小さくなりますが、同時に基本波の振幅も下がっていきます。
前述の疑問に対しては、無限個の項の和を取っても、これはあくまで近似式であって、厳密に等しくなることはなく、特定の「E」は存在しないというのが回答になります。
まだ詳しく解析はしていませんが、おおざっぱに言って、高調波ひずみ率を3倍波と基本波の振幅比として近似すると、

  • E/Vt = 3.7 でひずみ率 0.5 %
  • E/Vt = 2.9 でひずみ率 0.1 %
  • E/Vt = 2.2 でひずみ率 0.01 %

の程度になります。 もちろん、実際の回路で低ひずみ率を得ようとすると、tanh 関数の項数を多くしなければなりません。
途中の詳しい計算は後述します。
もちろん、すべて自力でできるはずもなく、

森口繁一・宇田川「金圭」久 (「金圭」は「金」へんに「圭」)・一松 信 著
「岩波 数学公式」、岩波書店
I 巻 微分積分・平面曲線 (ISBN:4000055070)
II 巻 級数フーリエ解析 (ISBN:4000055089)
III 巻 特殊函数 (ISBN:4000055097)

を利用しました。
引用した公式が記載されている場所は、「II 巻、§53、pp.278」のようにして示します。
結局、求めたい式は f(x)フーリエ級数ですから、tanh 関数の級数フーリエ展開の公式があれば、それを利用すればいいことになります。
岩波の数学公式では tanh 関数のフーリエ展開の公式は記載されておらず、一番近いのが、II 巻、§47、pp.248 の

\qquad\qquad \sum_{k=-\infty}^{\infty} {\rm sech}(x+kl) \qquad\qquad\qquad [ -l \le x \le l ]

フーリエ展開が

\qquad\qquad \frac{\pi}{l}+\frac{2\pi}{l}\sum_{n=1}^{\infty}{\rm sech}\frac{n\pi^2}{l}\sin\frac{2n\pi x}{l}

となるものでした。

*1:dos Reis Filho, C.A. Pessatti, M.P. Cajueiro, J.P.C.:
"Analog Triangular-to-Sine Converter Using Lateral-pnp Transistors in CMOS Process",
Sch. of Electr. & Comput. Eng., State Univ. of Campinas, Sao Paulo, Brazil