アナログシンセの VCO ブロック (31) -- 温度補償回路(1)

houshu さんがブログ
「アナログ電子楽器の回路を読む」
の 2009/08/26 付けの記事
「Exponential Converter Using SSM2164 Pt.1」
(→こちら) で VCA チップの SSM2164 を使った CV の温度補償 (絶対温度 T に比例したゲインを持たせる) と、同じ VCA 利用のアンチログ回路を公開しています。
SSM2164 の内部回路については今回初めて知りました。 差動増幅回路自体で絶対温度 T に比例したゲインを得る方法については「目からウロコ」で、今まで気づきませんでした。
LTspice シミュレーションも追試して、動作を確認できました。
動作原理の詳しい説明については今後の記事で行いたいと思いますが、ここでは簡単に説明します。
SSM2164 では2重差動ペア、カレントミラー、入力アンプなどにより正負両極性の入出力に対応していますが、本質は差動ペアの部分なので、そこに限定します。
まず、2007/12/7 付けの記事 (→こちら) で述べたように、差動ペアのコレクタ電流とベース電位差の間に
\quad\quad \frac{I_{\small{\rm C2}}} {I_{\small{\rm C1}}} = \exp \left [ (V_{\small{\rm BE2}} - V_{\small{\rm BE1}}) \cdot \frac{\rm q} {{\rm k} T} \right ]
という関係が成り立っています。
温度が変化してもコレクタ電流比 I_{\small{\rm C2}}/I_{\small{\rm C1}} を一定に保つようにフィードバックをかけてベースをドライブすると、ベース電位差
\qquad \qquad(V_{\small{\rm BE2}} - V_{\small{\rm BE1}}) = \Delta V_{\small{\rm BE}}
絶対温度 T に比例し、PTAT (Propotional To Absolute Temperature) 電圧源となります。
一方、ベース電位差を温度によらない一定値に保つと、今度はコレクタ電流比の方が温度により変化します。
温度が上がると、コレクタ電流比は 1 に近づく、つまり、小さい方の電流は増え、大きい方の電流は減る方向に変化します。
逆に、温度が下がると、コレクタ電流比は 1 から離れる、つまり、小さい方の電流は減り、大きい方の電流は増える方向に変化します。
上の式で I_{\small{\rm C1}} を入力電圧に比例するようにフィードバックしてコントロールし、 I_{\small{\rm C2}} を出力電流とすると、出力電流は 1/T に依存するような変化になります。
このため、今まで、T に比例する出力が欲しい温度補償回路に差動ペアは使えないと思っていました。
しかし、逆に I_{\small{\rm C2}} を入力電圧に比例するようにフィードバックしてコントロールし、 I_{\small{\rm C1}} を出力電流とすると、出力電流は T に依存するような変化になります。
houshu さんの記事を読むまで、このことに全く気づきませんでした。
SSM2164 は houshu さんの記事で初めて詳しく知ったぐらいですから、当然手持ちもなく、実物で追試してみるわけにはいきません。
そこで、「ベース結合アンチログ回路」との組み合わせるのに適した回路を考えてみました。
OP アンプなどを使わなくてすむように、ウィルソン型のカレントミラーの出力側のエミッタに電位差を設けることで実現しました。
LTspice の回路図を下に示します。

NPN のベース結合アンチログと簡単に組み合わせるために、カレントミラーは PNP で構成しました。
実際には、アンチログ回路に使う NPN トランジスタ・アレイ・チップ上のトランジスタを使用するのが熱結合的には最適になります。
R1 と R2 で電源電圧を分圧して熱起電圧 (V_{\small T}) の 27 mV 程度を作り出しています。
出力電流が重畳するので、インピーダンスは十分低い必要があり、R1 を 1 Ω にしています。
シミュレーション結果のグラフを次に示します。

横軸は CV 入力に相当する入力電流で、下のグラフの縦軸は出力電流 (Q3 のコレクタ電流) です。
温度を 20 ℃ から 5 ℃ ステップで 55 ℃ まで変化させています。
上のグラフは、出力電流の傾きを 25 ℃ を基準として表現したもので、誤差がなければ該当する温度の水平線として表示されます。
下はベース結合アンチログ回路と組み合わせた場合です。

特性を良くするために理想電圧源や理想電流源を使用しています。
シミュレーション結果を下に示します。

横軸は CV 入力に相当する入力電流で、下のグラフの縦軸はアンチログ出力電流 (Q5 のコレクタ電流) を対数スケールで表示したものです。
温度のステップは前と同様ですが、下のグラフのスケールでは全部が重なって見えます。
上のグラフは、アンチログ出力電流の対数を取ったものの傾きを表示しており、誤差がなければ、全ての温度での結果が重なって一本の直線になるはずです。
実際には、電流の大きいところで傾きが小さくなる傾向にあります。