SX-150 の VCO の温度補償 (15) -- その他の補償 (3)

Minimoog 前期型のアンチログ回路を下に示します。
前回示した一般的な回路では、抵抗を介して OP アンプ出力から共通エミッタ電流 (テイル電流) を供給していたのに対し、この回路では、トランジスタを使ってテイル電流の値をコントロールしています。

このトランジスタにより、信号の極性が反転するため、前回の回路に比べて、OP アンプのプラス入力とマイナス入力が入れ替わっています。
図の3つのトランジスタトランジスタ・アレイ CA3046 内のトランジスタです。
発振防止のための位相補償回路は省略してあります。
Minimoog は ±10 V の正負両電源のシステムですが、この部分は少し変則的になっています。
テイル電流をコントロールしている IC3 の電源は ±10 V ですが、OP アンプ出力が R69/R18 により分圧されるため、テイル電流源のトランジスタのベース電圧は約 -7 〜 -10 V 程度となります。
アンチログ入力のサミング・アンプ IC1 の Vcc はグラウンドに接続されているため、ペアの左側のトランジスタのベース電圧は、どんなことがあっても 0 V 以下です。
さらに後段のリニア VCO 部でも、アンチログ・トランジスタが接続される部分の電圧は 0 V を超えることはありません。
結局、CA3046 内のトランジスタの各端子電圧は、最大でも 0 〜 -10 V の範囲に制限されています。
これは、CA3046 のトランジスタのコレクタ - エミッタ耐圧 (V_{\rm CEO}) の最小値が 15 V であるため、単純に ±10 V をかけてしまうと、回路にトラブルが生じた場合に耐圧を超えてしまう恐れがあるためだと思われます。
この部分は、正電源側が 0 V、負電源側が -10 V となっているため、リファレンス電圧として -4 V と -5 V を生成しています。
ペア・トランジスタの左側の定電流値は、39 kΩ の R50 の両端の電圧が 0V と -4V に保たれるように IC3 によりフィードバック制御されますから、4 V / 39 kΩ = 約 103 μA となります。
後段のリニア VCO 部の回路定数から計算すると、アンチログ出力電流が 0.8 μA のとき VCO 周波数は 20 Hz となり、0.8 mA では 20 kHz となります。
したがって、テイル電流としては約 104 μA から約 0.9 mA まで変化することになります。
この電流が R79 (1 kΩ) を流れて電圧降下を生じます。
この電圧を R42 (160 kΩ) を介してサミング・アンプ入力にフィードバックし、補償をかけています。
アンチログ出力トランジスタ (右側) のベースには 100 Ω (R7) の抵抗が接続されていますが、これは前に述べたトランジスタ内部の直列抵抗 R_{\rm B} と作用は同じです。
CA3046 のコレクタ電流 1 mA 近辺での h_{\rm FE} は 100 程度ですから、前に述べた変換式により約 1 Ω のエミッタ直列抵抗とみなすことができます。
エミッタ電流 0.8 mA に対して、R79 では 0.8 V の電圧降下となりますから、これがサミング・アンプにフィードバックされて、ベース電位の変化として戻ってくる値を計算すると、
\qquad\rm 0.8 [V] \times\, \frac{1 \times 10^{3} [\Omega]}{160 \times 10^{3} [\Omega]} \times\, \frac{1000+43 [\Omega]}{1000+100+33 [\Omega]} = 4.6 [mV]
となり、0.8 mA のエミッタ電流により等価エミッタ直列抵抗 1 Ω に発生する電圧降下 0.8 mV に比べて大きな値となっています。
CA3046 のトランジスタ本来の等価エミッタ直列抵抗分がどれだけあるか分からないので、はっきりしたことは言えませんが、過剰な補正分はリニア VCO 部の高域補償に使われているものと考えられます。
リニア VCO 部では、リセット時間がゼロでないために生じる誤差の補正は施されていません。
「Franco の補償」は、原理的には全ての電流域で完全に補正できる方式です。
直列抵抗補償では補償方式が異なるので、Franco の補償のように全域でぴったり合わせられないと思いますが、電流の大きい領域で誤差が大きくなるという傾向は同じなので代用しているものと思われます。
ちなみに、Minimoog 後期型の VCO 部では、アンチログ回路は抵抗一本でテイル電流を制御する、一般的な回路が使われており、補償は加えられていません。
また、リニア VCO 部では Franco の補償が加えられており、全体として標準的な回路となっています。
単電源方式への応用については次回以降の記事にまわします。